日本語の「こ・そ・あ」の用法
この記事では日本語の指示詞「こ・そ・あ」の用法について簡単に説明します。
「こ・そ・あ」は「この」「その」「あの」、「これ」「それ」「あれ」、「ここ」「そこ」「あそこ」、「こう」「そう」「ああ」、「こんな」「そんな」「あんな」などですね。
指示詞の使い方は、大きく分けて現場指示(直示)と文脈指示(照応)にわけられます。
照応(文脈指示):談話・文の中で言及された語・句を指示するもの
この記事では、現場指示の用法について説明し、その後、文脈指示の用法を紹介します。
現場指示
現場指示というのは、指し示す対象が、現場にあるケースです。日本語の場合は領域対立型・融合型に分けられます。
日本語の「こ・そ・あ」の現場指示の用法は、話し手・聞き手・指示対象の心理的距離・物理的距離で決まります。
領域対立型
領域対立型は、以下の図のように、話し手と聞き手が別の領域に属していると、話し手が思っている場合です。
この場合、以下のように使い分けます。
- 「こ」→ 話し手が自分の領域に属すると思うもの(話し手の近くにあるもの)
- 「そ」→ 話し手が聞き手の領域に属すると思うもの(聞き手の近くにあるもの)
- 「あ」→ 話し手が、話し手・聞き手の領域に属さないと思うもの(どちらの近くにもないもの)
以下のような例があります。
最初にBさんは「そのうちわ」といっています。話し手であるBさんにとっては、うちわはAさん(聞き手)の領域にあるものでです。
その後、Aさんが話し手になり、「あ?これ?」と言っています。Aさんにとっては、うちわは自分自身の領域にあるものです。
「あそこ」はAさん・Bさん、どちらからも遠い場所ですね。
領域融合型
領域融合型は、以下の図のように、話し手と聞き手が同じ領域に属していると、話し手が思っている場合です。
この場合、以下のように使い分けます。
- 「こ」→ 話し手・聞き手に近接しているもの
- 「そ」→ 話し手・聞き手からそれほど遠くないもの
- 「あ」→ 話し手・聞き手から離れたところにあるもの
以下のような例があります。
この場合、AさんもBさんも「その道」「そこ」と「そ」を使っています。
領域共有型の場合、話し手・聞き手からそれほど遠くないものは「そ」を使います。
文脈指示
文脈指示は、談話・文の中で言及された語・句を指すものです。現場に指示対象はありません。
この場合の使い分けは、文章か、聞き手が存在する会話(対話)かによって異なります。
文脈指示については、細かい使い分けがありますが、一般的なもののみ紹介します。
文章の場合の使い分け
- 「こ」→ 話し手の関心のある近いもの
- 「そ」→ 客観的な書き方(書き手からの距離が遠い・中立的)
- 「あ」→ 通常、使われない
【「あ」は通常使われない】
文章の場合、「あ」は通常使われません。
なので、問題になるのは「こ」と「そ」の使い分けになります。
なお、新聞や論説文では「こ」のほうがよく使われるそうです(庵・三枝2013, p. 13)。
【「こ」「そ」どちらも使えるケースが多い】
「こ」「そ」ですが、直前の話題に出てきたものを指す場合、以下のようにどちらも使えるケースも多いです(近藤・小森 2012, p. 188)。
- 昨日レストランに行った。(この・その)レストランを経営しているのは私の友達だ。
- A市の人口が9年連続で増加した。(この・その)理由として、A市の手厚い子育て支援施策があげられる。
ニュアンスとしては「こ」のほうが書き手が関心のある近いもの(近藤・小森 2012, p. 188)、「そ」のほうが客観的な書き方に捉えられることが多いようです。
【「こ」「そ」、どちらかしか使えない場合】
ただ、「こ」しか使えないとき、「そ」しか使えないときもあります。
ここでは3つのみ紹介します。
① 未来・仮定のことを表す場合、「そ」しか使えません(庵・三枝2013, p. 10-11)。
- もし将来子どもができたら、その子(✕この子)と一緒に旅行にたくさん行きたい。
- 10年後の未来はどうなるかわからない。そのとき(✕このとき)までにたくさんの経験をしておきたい。
「将来子どもができたら」というような仮定のケースや、「10年後の未来」のような未来の話では「そ」を使います。
② 指示対象が固有名詞の場合で、文の関係が逆接の場合、「そ」しか使えません(庵・三枝2013, p. 10-11)。
- いつもAさんは穏やかな人だ。そのAさん(✕このAさん)が怒るなんて、よっぽどのことがあったんだろう。
- Bさんはいつも元気で、クラスのムードメーカーだ。そのBさん(✕このBさん)が今日は休んでいた。
「Aさん」や「Bさん」という固有名詞を「その」は指しています。
そして、文の内容を見ると、「Aさんは穏やかだが、怒った」「Bさんはいつも元気だが、休んだ」と1文目と2文目が逆接の関係になっています。
この場合も「そ」を使います。
③ 直前に出てきた先行詞を言い換えるときは、基本は「こ」を使います(庵・三枝2013, p. 10-11)。
- 昨日、フェジョアーダを食べた。この料理(?その料理)は、ブラジルの有名な料理である。
- ソングライターAが新しいアルバムを公開した。 この新進気鋭のアーティスト(?その新進気鋭のアーティスト)は、斬新なサウンドと魅力的なPVで注目を集めた。
「フェジョアーダ」を「この料理」、「ソングライターA」を「新進気鋭のアーティスト」とそれぞれ言い換えていますね。
この場合は「こ」が出やすいです。
④ 指示対象が指示語の後で出てくる場合は、「こ」を使います。
- こんな話(✕そんな話)がある。随分前のことだが、私がまだ高校生だったころに.…
この場合、「こんな」の指すものは、「随分前のことだが…」で始まる話のことです。
指示対象が、指示詞の「こんな」より後にでてきています。この場合は「こ」になります。
会話(対話)の場合の使い分け
聞き手が存在する会話の使い分けは、以下になります(白川 2001, p. 3)。
- 「こ」→ あまり使われない。ただし、話し手のみが直接知っていて、聞き手が知らないときには使われる
- 「そ」→ 話し手・聞き手のいずれか(またはどちらも)が直接知らないもの
- 「あ」→ 話し手・聞き手も共に直接知っているもの。独り言・思い出すとき
まず、会話(対話)の場合は、「こ」は、「そ」「あ」に比べてあまり使われません。
なので、問題になるのは、主に「そ」と「あ」の使い分けになります。
使い分けのポイントは、話し手・聞き手が指示対象について直接知識を共有しているかどうかです。
【「そ」は、話し手・聞き手のいずれか(またはどちらも)が直接知らないもの】
「そ」は、指示対象を話し手・聞き手のいずれか(またはどちらも)が直接知らないときに使われます。
(なお、厳密にいうと、「話し手・聞き手のいずれか(またはどちらも)が直接知らない」と話し手が考えている場合になります。)
以下のような例があります。
B: その人、なんでAを誘ったんだろうね?嫌なら、今からでも断ったら?
この場合、Bさんは「山田さん」を直接知らないと考えられます。
【「あ」は、話し手・聞き手のどちらもが直接知っているもの】
「あ」は、指示対象を話し手・聞き手のどちらもが直接知っているときに使われます。
以下のような例があります。
B: あの人、すごく話上手だから、心配しなくても大丈夫だと思うよ。楽しんできて
この場合、AさんもBさんも「山田さん」を直接知っている場合は「あ」を使います。
他にも以下の例があります。
B: あの旅行、本当に楽しかったね。
【「あ」は、独り言や思い出すときにも使う】
なお、独り言のときは、聞き手と知識を共有していなくても「あ」を使えます。
B: え、その映画、誰が作ったの?
この場合、Bさんは「〇〇」という映画を知りません。
ただ、Aさんが「あれ、すごく面白かったなぁ」というのは、聞き手に話しかけるというより、独り言のようなものです。この場合は「あ」を使えます。
何かを思い出そうとするときも「あ」になります。
B: あそこ、なんだっけ?あのおいしいレストラン…
【「こ」は、話し手のみが直接知っていて、聞き手が知らないときには使われる】
なお、会話の中の文脈指示では、「こ」は、「そ」や「あ」ほどは使われないと言いました。
ただ、話し手が直接知っているが、聞き手が知らない場合には使えます(白川 2001, p. 4)。
特に、聞き手の注意をひきたいときに「こ」が出やすいようです。
A:山田さん、結婚するらしいよ!
B: え?そうなの?
A: この話は、秘密ね!
なお、文章と同様、指示対象が指示詞の後に出てくる場合は、「こ」を使います。
A: これは実はだれにも言っていなかったことなんだけど、実は私、来週、退職するんだ。
この場合、「これ」が指す内容である「来週退職すること」は、「これ」の後に出てきています。
まとめ
この記事では、日本語の指示詞「こ・そ・あ」の用法について、現場指示・文脈指示にわけて説明しました。
まとめると以下のようになります。
- 現場指示:領域対立型・領域共有型によって用法が違う
- 文脈指示:文章・会話(談話)によって用法が違う
特に文脈指示については、細かい使い分け規則があります。
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- 指示語の直示(現場指示)と照応(文脈指示)の違いについて
- ダイクシス(直示:deixis)とは何か、なぜ重要なのか
- 金水・田窪(1990/1992)の談話管理理論について①
- 金水・田窪(1990/1992)の談話管理理論について②
もっと詳しく知りたい方は以下の本をご参照ください。
- 金水 敏・田窪 行則(1992)指示詞 (日本語研究資料集 (第1期第7巻)).ひつじ書房
日本語の指示詞について研究したい人には、この本がおすすめです。専門書なので、一般向けではありません。
- 白川博之(監修)(2001) 中上級を教える人のための日本語文法ハンドブック. ス リーエ ーネットワーク..
↑日本語教師向けの文法ハンドブックです。指示詞についてもわかりやすく説明しています。この記事でも参照しました。
- 庵功雄, 三枝令子(2013)まとまりを作る表現 : 指示詞、接続詞、のだ・わけだ・からだ. (日本語文法演習, 上級). スリーエーネットワーク
↑日本語上級学習者向けの文法の演習本です。「こそあ」の使い分けに関する問題も複数あります。