日本語の複合動詞の2つのタイプ:語彙的複合動詞と文法的(統語的)複合動詞の違い・その見分け方について

日本語の複合動詞の2つのタイプ

日本語は「書き始める」「読み込む」など、2つの動詞を組み合わせて作られた複合動詞が多数あります。

 

この動詞と動詞を組み合わせて作った複合動詞を、影山太郎は『文法と語形成 (日本語研究叢書 (第2期第4巻))」の中で、以下の2つに分類しました。

  • 語彙的複合動詞
  • 文法的(統語的)複合動詞

この記事ではこの2つと、その見分け方について簡単に説明します。

 

なお、複合動詞の結合パターンは、動詞+動詞の組み合わせのみならず、以下のようにいろいろあります。

  • 形容詞+動詞(例:若返る、近寄る)
  • 名詞+動詞(例:泡立つ、目指す)
  • 副詞+動詞(例:ぼんやりする、にこにこする)

この記事で話すのは、動詞+動詞の複合動詞のケースです。

 

語彙的複合動詞と文法的(統語的)複合動詞の違い

語彙的複合動詞

語彙的複合動詞は、意味が強く結びついていて、2つに切り離せないものを言います。

複合動詞が独自の語として存在している感じです。

 

例としては以下のようなものがあります。

受け継ぐ、折り曲げる、抜け落ちる、慣れ親しむ、聞き漏らす、ほめたたえる、あきれ返る、持ち去る、飲み歩く、泣き叫ぶ、使い果たす

語彙的複合動詞は、統語上、一語として存在するもの(影山 1993)と言われています。

 

語彙的複合動詞は、どのような動詞にも結合するわけではありません

たとえば 複合動詞の「受け継ぐ」の「継ぐ」を使って、他の複合動詞を作る場合、「語り継ぐ」など特定の動詞では作れますが、「走り継ぐ」「遊び継ぐ」などは言えません。

 

また、複合動詞から意味を類推しにくいことも多いです。

例えば、「あきれ返る」は「非常にあきれる」という意味ですが、「あきれる」と「返る」からはその意味が類推しにくいと思います。

語彙的複合動詞は、意味が慣習化しているともいえます。

 

文法的(統語的)複合動詞

文法的複合動詞(統語的複合動詞といわれることもあります)は、後ろに来る動詞(後項動詞)が文法的機能を担っているものです。

 

なお、文法的複合動詞の後項動詞の数は限られていて、影山(1993)は 27 語をあげています。

 

国立国語研究所の複合動詞検索サイト「複合動詞レキシコン」では、文法的(統語的)複合動詞のリストとして以下の30語をあげています。

【始動】〜かける(落ちかける,墜落しかける),〜だす(降りだす,印刷しだす),〜始める(落ち始める,演奏し始める),〜かかる(殺されかかる,逮捕されかかる)
【継続】〜続ける(歩き続ける,演奏し続ける),〜まくる(しゃべりまくる,演説しまくる)
【完了】〜終える(歌い終える,演奏し終える),〜終わる(歌い終わる,演奏し終わる),〜尽くす(調べ尽くす,調査し尽くす),〜きる(困りきる,困惑しきる),〜通す(黙り通す,黙秘し通す),〜抜く(考え抜く,考察し抜く)
【未遂】〜そこなう(食べそこなう,見物しそこなう),〜そこねる(食べそこねる,食事しそこねる),〜損じる(書き損じる,印刷し損じる),〜そびれる(食べそびれる,見物しそびれる),〜かねる(引き受けかねる,受諾しかねる),〜遅れる(出し遅れる,返事し遅れる),〜忘れる(出し忘れる,投函し忘れる),〜残す(食べ残す,印刷し残す),〜誤る(書き誤る,判断し誤る,〜あぐねる(尋ねあぐねる,返事しあぐねる)
【過剰行為】〜過ぎる(食べ過ぎる,執着し過ぎる)
【再試行】〜直す(作り直す,演奏し直す)
【習慣】〜つける(食べつける,運転しつける),〜慣れる(食べ慣れる,運転し慣れる),〜飽きる(食べ飽きる,演奏し飽きる),〜こなす(乗りこなす,演奏しこなす)
【相互行為】〜合う(ののしり合う,非難し合う)
【可能】〜得る(あり得る,発生し得る)

(表は国立国語研究所 複合動詞レキシコンより引用)

 

文法的複合動詞は、後ろにくる動詞(後項動詞)が 前に来る動詞(前項動詞)を補文にとる補文構造になっています(影山 1993)。

どういうことかというと、前項動詞が後項動詞の主語や目的語になれるということです。

「食べ始める」の場合は「食べることを始める」、「食べ終わる」だと「食べることを終わる」と、「食べる」が「始める」「終わる」の目的語になっています。

 

この文法的複合動詞は生産性が高く、文法規則にのっとって作ることができます

例えば、「~始める」の場合、「走り始める」「読み始める」「書き始める」と様々な動詞につくことができます。

「勉強し始める」のように「する」動詞を置くこともできます。

また、「読ませ始める」のように、「読ませる」という使役形の動詞を前項動詞に置くこともできます。

 

語彙的複合動詞と文法的(統語的)複合動詞の見分け方

では、どうやって語彙的複合動詞と文法的(統合的)複合動詞を見分けることができるのでしょうか。

影山(1993)では、いくつか見分け方を紹介していますが、そのうちの3つを紹介します。

常にこれが当てはまるわけではないのですが、見分ける際に参考になると思います。

①「そうする」と代替できるか

一つ目の見分け方は、「そうする」と代替することができるかです。

語彙的複合動詞の場合、以下のとおり、そうすると代替ができません

  • 「花子は事業を受け継ぐ」→ ✕「太郎もそうし継ぐ」
  • 「花子は紙を折り曲げる」→ ✕「太郎もそうし曲げる」

 

文法的(統合的)複合動詞の場合は、以下のとおり、そうすると代替できます

  • 「花子はご飯を食べ始める」→ 〇「太郎もそうし始めた」
  • 「花子は歌い出した」→ 〇「太郎もそうし出した」

 

②「サ変動詞」を使えるか

二つ目の見分け方は、「サ変動詞」を使えるかです。

サ変動詞は「〇〇する」の動詞ですね。「運動する」「買い物する」などです。

語彙的複合動詞の場合、以下のとおり、サ変動詞を使えません

  • ✕「花子は運動し返る」
  • ✕「花子は運動し歩く」

 

文法的(統合的)複合動詞の場合は、以下のとおり、サ変動詞を使えます。

  • 〇「花子は運動し始める」
  • 〇「花子は運動しすぎる」

 

③「受け身」の作り方

3つ目の見分け方は、受身の作り方です。

語彙的複合動詞の場合、以下のとおり、後項動詞を受身形にします。

  • 受け継れる
  • 折り曲げられる
  • 慣れ親しれる

語彙的複合動詞は一つの語としてみなされることが関係していると考えられます。

 

文法的複合動詞の場合、前項動詞を受身形にすることが多いです。

  • 食べられ始める
  • 話さ続ける
  • 食べられかける

 

まとめ

日本語の複合動詞の2つのタイプについて簡単に説明しました。

まとめると以下のようになります。

  • 複合動詞は、語彙的複合動詞と文法的(統語的)複合動詞に分けられる
  • この2つタイプの動詞は、①「そうする」と代替できるかや、②「サ変動詞」を使えるか、③受け身の作り方などで、ある程度見分けることができる。

 

ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。

 

複合動詞について興味のある方は、以下の本に詳しいです。

  • 影山太郎 (1993) 文法と語形成. ひつじ書房

 

  • 影山太郎編(2011) 複合動詞研究の最先端―謎の解明に向けて. ひつじ書房

 

  • 姫野昌子(2018) 新版 複合動詞の構造と意味用法. 研究社