リンガフランカとしての英語とマルチリンガリズム(Jenkins 2015)

マルチリンガフランカとしての英語

Jennifer Jenkinsはリンガフランカとしての英語(English as a Lingua Franca、以下「ELF」)で多数執筆している研究者です。

 

この記事では、Jenkinsの2015年の論文について、私の理解した範囲で紹介します。

 

「リンガフランカとしての英語」とは、母語が異なる人々がコミュニケーションする際に使う英語という意味で使われます。

この論文では、今後は、「マルチリンガフランカとしての英語(English as a Multilingua Franca)」を考えていく必要があると提起していました。

「マルチリンガフランカとしての英語」の現時点の定義は、以下です(p. 73)。

 Multilingual communication in which English is available as a contact language of choice, but is not necessarily chosen.

英語が接触言語として使用可能な(ただし、必ず英語が選ばれるわけでもない)マルチリンガルなコミュニケーションのこと。

 

この記事では、まず、今までのELF研究について、Jenkins(2015)に基づいて説明します。

その後、「マルチリンガルリンガフランカとしての英語」が今までのELF研究とどう違うかを説明します。

 

今までのELF研究

ELF研究が見られるようになったのは、1980年代後半です。

当初は、非母語話者同士のコミュニケーションで、どのような発音や語彙文法(lexicogrammar)の特徴があるかを探る研究が多かったです。

発音では、Lingua Franca Core(LFC)というような、リンガフランカとしての英語で見られる発音的特徴を調査する研究プロジェクトもありました(Jenkins 2000)

語彙文法では、informations, fundings, softwaresのように、不可算名詞を可算名詞にする、3人称の「s」を付けないなど、リンガフランカとしての英語の特徴が提起されてきました(Seidlhofer 2004)。

 

ただ、ELFの特徴を探る一連の研究は、ELFという固有の言語があると捉えているようにも見えます。

ELFをあたかも「インド英語」「シンガポール英語」などの英語の変種の1つのように扱うことに批判が起こりました。

 

というのも、母語が違う者同士の会話をELFと呼ぶなら、ELFのコミュニケーションはその場その場で生まれるもので、その会話が終わったら消えてしまうようなものです。

ELFのコミュニケーションは固定的なものではなく、どんどん変化していくものですし、コミュニケーションのやり方は多種多様です。

「これがELFだ!」という風に特徴を記述することは不可能ではないかと言われたのです。

 

そこで、ELFのコミュニケーションで、参加者たちがどのように関係性(コミュニティ)を構築しているか、どのように柔軟に適応しているかに着目するELF研究が増えていきました。

また、ELFの定義も、非母語話者同士の英語ではなく、「異なる第一言語同士の話者間での接触言語として使われる英語(Jenkins 2009)」など、ネイティブスピーカーの英語も排除しない定義になっています。

 

マルチリンガフランカとしての英語

このように発展してきたELFですが、Jenkins(2015)は、今までのELF研究は、あくまでELFの枠組みで物事を考えたと指摘します。

 

つまり、ELF研究は、「英語」の部分に着目し、英語と他の言語との関係性にはあまり着目していませんでした。

英語を話す人は非母語話者のほうが圧倒的に多いです。

また、ELFのコミュニケーションというのは、少なくともその話者の一人以上が他の言語を知っていることを前提としています。なので、英語以外の言語について考えていく必要はあると考えられます。

Jenkinsはこの論文で、ELFの枠組みでなく、マルチリンガリズムの枠組みでELFを考えていく必要があると言っています。

 

「マルチリンガフランカとしての英語」は、「英語が接触言語として使用可能(ただし、必ず英語が選ばれるわけでもない)なマルチリンガルなコミュニケーションのこと(p. 73)」です。

その場にいる全員が英語をしっているので、常に英語が混ざる可能性があります。とはいえ、実際使われるかどうか、どのくらい使われるかどうかは関係ありません(p. 74)。

 

また、「ノンネイティブ/ネイティブのELF使用者(NNES/NES ELF users)というより、「ELFを使用する多言語話者/モノリンガル(ELF-using mutilinguals/monolinguals)」と使うことを提案しています。

 

ご興味のある方は

Jenkinsの記事について簡単に紹介しました。

2022年1月現在、今回読んだ論文は無料でアクセスできますので、ご興味があれば本文をご覧ください。

 

なお、Jenkinsは「リンガフランカとしての英語」について多数執筆しています。

 

リンガフランカとしての英語について興味のある方は以下の記事もご覧ください。