スピーチレベルシフト(speech level shift)とは
「スピーチレベル」とは、会話における丁寧度のことを指します。
「スピーチレベルシフト」とは、一般に、ある会話の中で、同一人物が一貫して1つの文体を使うのではなくて、ある文体から別の文体に一時的に変わったり、戻ったりすることを指します。
なお、スピーチレベルシフトというと、「ですます体」から「普通体(「ですます」でない形)」への交替、または「普通体」から「ですます体」への交替を扱うことが多いです。
例えば以下のような例があります。
佐藤:えー、うれしい。いいんですか?すみません。
山田:ちょっとですけどね。
佐藤さんの発話に着目すると、まず「えー、うれしい」と普通体(=ですますでない形)を使っています。
ただ、その後「いいんですか?すみません」と「ですます体」を使っていますね。
「えー、うれしいです。いいんですか?すみません」とすべて「ですます体」を使うのではなくて、「普通体」から「ですます体」に変更しています。
こういう文体の変更を、スピーチレベルシフトと呼びます。
ちなみに、より丁寧になる場合を「アップシフト」(「普通体」から「ですます体」へのシフト)、丁寧さがなくなる場合(「ですます体」から「普通体」へのシフト)を「ダウンシフト」と言ったりします。
スピーチレベルシフト(speech level shift)研究の広がり
スピーチレベルシフトの研究は、「ですます体」と「普通体」を扱ったものが多いですが、それ以外にも以下のような違いによるスタイルの違いに着目したものもあります。
- 終助詞の使用の有無
- 方言・女ことばなどの使用の有無
- 尊敬語・謙譲語の使用の有無
- incomplete sentence(「そう思って…」「思うんだけど…」など、途中で終わるもの)の使用の有無
また、話し言葉だけでなく、書き言葉におけるシフトに着目する研究もあります。
なお、「スピーチレベル」というと、スピーチ=話し言葉、レベル=丁寧度と結びつきやすいです。
「ですます体」や「普通体」の違いは丁寧度ではなく、話者の話し方の「文体(スタイル)」であると捉え、「スタイルシフト」という用語を使う研究もあります。
スピーチレベルシフト関係については、以下のようにいろいろ用語があります(宇佐美 2015, p. 15)
- スピーチレベル(スピーチレベル・シフト)
- スピーチスタイル(スピーチスタイル・シフト)
- 待遇レベルシフト
- 敬語レベル
- 文体シフト
- 言語形式(文の)スタイル
- スタイル(スタイル切り替え)
- 表現スタイル(スタイルシフト)
あまり統一されていない印象ですね。
なぜスピーチレベルシフトが大切?
スピーチレベルシフトに関する研究は、主に談話研究やポライトネス関係の分野でなされています。
一連の研究では、スピーチレベルシフトがどういう場面で起こるのか、スピーチレベルシフトはどのような機能があるのかなどが研究されています。
先行研究では、スピーチレベルをシフトは談話ストラテジーの一つであり、その場その場で相手との距離感や会話のフォーマルさを調整しているという指摘されています(例:Ikuta 1983)。
この記事の冒頭にあげた「佐藤:えー、うれしい。いいんですか?すみません。」の例で考えてみると、「えー、うれしいです」でなくて、「えー、うれしい」と「普通体」を使うことにより、少しカジュアルさが出て、相手との距離感を縮めているとも考えられます。
また、話者がスピーチレベルシフトを通して、どのような社会的アイデンティティを構築しているかというような、話者のアイデンティティに着目した研究もあります(Cook 2006)。
なお、「うれしい」といったような感情や、独話、補足的な説明のような聞き手をあまり意識しないものには、ダウンシフト(「ですます体」から「普通体」へのシフト)が起こりやすいといわれています(三牧 2000、Ikuta 2008など)。
ちなみに、スピーチレベルシフトは、韓国語などでもあるようですが、日本語のほうが頻繁にみられるようですね(Brown 2010)。
ご興味のある方は
スピーチレベルシフトについてご興味のある方は以下の本に詳しいです。
- Jones, Kimberly, and Tsuyoshi Ono, eds. Style shifting in Japanese. Vol. 180. John Benjamins Publishing, 2008.
書きことばのスタイルシフトだと、メイナードの本が詳しいと思います。
- メイナード,泉子・K. 談話言語学―日本語のディスコースを創造する構成・レトリック・ストラテジーの研究. くろしお出版. 2004