統語論とは何か?
この記事では言語学に一分野である統語論についてごく簡単に紹介します。英語ではSyntaxですね。
Syntaxというのは、ギリシャ語の「配列(arrangement)」を意味するsyntaxisという語からきています。
どうやって話者の頭の中で語や句が配列さて、文法的な文が作り出されるかを調べるのが統語論です。
「文を形成するための規則、句や文の構造に関する話者の知識を表示する脳内の文法部門」(フロムキン・ロッドマン 2002, p. 466)と定義されたりします。
これだとわかりにくいので、例を出して説明します。
文構造についての話者の知識
今、私は日本語でこの記事を書いています。
ただ、書いているときも、「日本語」「書く」「います」「この」など様々な語を、頭の中で組み合わせて句や文を作り出しています。
以下の文を見てください。
- 私は日本語でこの記事を書いています。
- で日本語私を記事で私をいます。書いて
日本語がわかる人なら、①の文は文法的に問題ないですが、②の文は文法的でないことはわかると思います。
でも、どうして①の文が文法的だとわかるのでしょうか?
日本語には日本語の句・文を形成するための規則があります。この規則のことを統語規則といいます。
この規則を(おそらくこの記事を読んでいる人は)頭の中で知っているからだと統語論では考えます。
②の文は、その日本語の文を形成するルールにのっとっていないのでおかしいということになります。
ちなみに、統語規則にのっているものを文法的(grammatical)、のっとっていないものを非文法的(ungrammatical)といいます。
以下の文も見てください。
- 動詞は自然にそのりんごで遊んでいます。
- 遊んでは弟楽しくサッカーボールいます。
①の文も②の文も意味がわからないですが、①の文は意味はわからないものの、統語規則には合っている(日本語の文を組み立てるルールには基づいている)ことはわかると思います。
②の文は、統語規則には合っていないので、意味もわからなくなっています。
このような文の文法性に関する判断を、日本語がわかる人ならできるわけです。
さらに言うと、作ろうと思えば、以下のようにどんなに長い文でも作ることができます。
つまり、自分が意識していないにせよ、文を形成する規則(統語規則)が頭の中にあり、それに基づいて無数の数の文を理解・産出できるわけであって、それを明らかにするのが統語論の領域に入ります。
句構造樹(phrase structure tree)
入門レベルの統語論では、文構造を理解するために、句構造樹(phrase structure tree)を使うことが多いです。
以下の文をみてください。
この文を、大きく文構造の面から2つに分けると、①主部の「私は」と、②述部の「おいしいご飯を食べた」にわけられることが直感でわかると思います。
(違う分け方をした人もいるかもしれませんが、その方も「私は」と「おいしいご飯を食べた」と分けたとしても、不自然とは思わないと思います)
「私はおいしい」「ご飯を食べた」の2つに分ける人や、「私はお」「いしいご飯を食べた」の2つにわけた人はあまりないと思います。
こういう文構造を、以下の句構造樹(phrase structure tree)を使って以下のように表現します。
*syntax tree generatorを使用して作成。
「私はおいしいご飯を食べた」が、後置詞句「私は」と動詞句「おいしいご飯を食べた」の2つに分けられたのがわかりますね!文の構造が、図を使うことでわかりやすく把握できるようになりました。
ちなみに、上記の句構造樹に出てくる、後置詞句というのは、①名詞や名詞句と②助詞(「は」「を」など)を組み合わせて、句を作るものを指します。
英語には「前置詞」がありますね。「at」「to」などの前置詞は「at home」「to school」のように名詞の前におくので、「前置詞 (preposition)」と呼ばれます。
日本語の助詞は「家で」「学校へ」のように名詞の後に置くので「後置詞 (postposition)」と呼ばれ、後置詞を使って句を作っているので後置詞句になります。
さて、本題に戻りましょう。
上の句構造樹の後置詞句の「私は」は、名詞の「私」と助詞の「は」に細分化することができます。
また、動詞句の「おいしいご飯を食べた」も、①「おいしいご飯を」という目的語と、②「食べた」という動詞に細分化できます。
また、さらにその中の「おいしいご飯」というのも①「おいしい」という形容詞と②「ご飯」という名詞にさらに細分化できます。
文で言うとよくわからなくなってきますが、これを句構造樹で表すと以下のようになります。
*syntax tree generatorを使用して作成。
図で書くとわかりやすいですね。
このように図を書いて、文・句構造を理解します。
文法との違い
時々、「統語論は文法のこと?」と言われることがあります。重なっているところもあるのですが、いわゆる言語教育で学ぶ文法とは違うので、注意が必要だと思います。
違い①:カバーする範囲
違いの一つは、カバーする範囲です。
言語教育の文法だと、例えば、英語では3人称単数だと「s」がつくという規則も文法に含まれます。
日本語教育の文法の場合だと、「入って」「読んで」「書いて」などのテ形や、「入る」「読む」「書く」の辞書形など、動詞の活用規則も入りますね。
統語論は基本は文を形成する規則、文・句構造に関することなので、上記の3単元のsや、活用についてはあまり扱いません。
違い②:そもそもの目的の違い
もう一つの違いは、そもそもの目的ですね。
言語教育の文法は、基本は学習者が言語の仕組みがわかるようになるためのものです。
統語論の目的は、統語規則を明らかにすることによって、究極的には、話者の脳の中に何があるのかを調べようとすることが主な目的になります。
ご興味のある方は
言語学の入門書としては以下のようなものがあります。
- Fromkin, Victoria, Robert Rodman, and Nina Hyams. An introduction to language. Cengage Learning (18th edition), 2018.
有名な言語学の入門書です。入門書といっても言語学全般について結構詳しく説明してあると思います。
著者の一人、Victoria Fromkinは亡くなってしまいましたが、その後も再版され、2021年現在で第18版まで出版されています。
統語論についても第18版では第3章に記載されています。
日本語だと以下のような本も2021年に出版されています。
- 高橋 留美・大塚 みさ・杉本 淳子・田中 幹大(2021)やさしい言語学. 研究社
他の言語学の分野について知りたい方は、よろしければ以下の記事もご覧ください。