Schmidt (1990) の気づき仮説(Noticing hypothesis)について

気づき仮説(Noticing hypothesis)

気づき仮説というのは、Richard W. Schmidtが1990年の「The Role of Consciousness in Second Language Learning」という論文で提唱したものです。

この論文で、Schmidtは、言語学習における「気づき(noticing)」の重要性を述べました。

この記事については、まず、気づき仮説と、気づき仮説について知るために必要なインテイク(intake)という概念を説明します。

その後、気づきに影響する要因についても紹介します。

 

気づき仮説とインテイク

気づき仮説を知るためにはまず「インプット」「インテイク(intake)」「アウトプット」についても知る必要があります。

 

インプットというのは、通常、学習者が聞いたり読んだりして受容する言語のことで、アウトプットとは学習者が話したり書いたりして産出する言語のことです。

言語教育では、習得につなげるためにはインプットの質が大切と言われていました(詳しくは「第二言語学習理論と教授法③:クラッシェンの5つの仮説とその批判」もご覧ください)。

ただ、Schmidtは、言語に触れているだけ(=インプットを受けるだけ)は十分でなく、見聞きしたことを習得につなげるには、語彙・文法などの言語形式に自分が意識して気づくことが重要と考えました。

 

 

そして、インプットのうち、学習者が気づいたもの(intake is that part of the input that the learner notices(Schmidt 1990, p. 139))を「インテイク(intake)」と呼び、区別しました。

つまり、「インプット→アウトプット」(インプットからアウトプットにつながる)ではなく、「インプット→インテイク→アウトプット」(インプットのうち気づいたものがインテイクされ、それがアウトプットにつながる)と考えたのです。

 

Schmidtはインプットの中の言語形式を、インテイクに変えていくには、インプットの内容を理解するだけでは十分ではなく、特定の言語形式に注意を払うこと、つまり「気づき」が重要だと考えたのです。

気づくことと、理解することは同じではありませんが、気づきは習得への第一歩とみなしています。

 

この言語習得における気づきの大切さを述べたSchmidtの仮説は、「気づき仮説(Noticing Hypothesis)」と呼ばれています。

 

気づき仮説が生まれた背景

気づき仮説が生まれたのは、Schmidt自身のブラジルでのポルトガル語の学習体験がきっかけの一つだったようです。

 

Schmidtは、5か月間ブラジルでポルトガル語を学んだそうですが、最初の5週間はクラスでポルトガル語を学び、それ以降はネイティブスピーカーと話しながら学んだそうです。

また、自分自身が学習の記録を丁寧にとり、1か月ごとに会話データも収集していました。

収集したデータを、他の研究者と一緒に分析したところ、よく耳にする動詞のフォームを自分も使うようにはなっていたのですが、耳にするすべての動詞のフォームを使っているわけではないことがわかったそうです。

Schmidtが使っている動詞のフォームのほとんどは、ネイティブスピーカーと話しているときに、自分が意識的に気がついた動詞のフォームだったそうです。

つまり、インプットをたくさん受けていても、自分が気づいていないものは、アウトプットにはつながらず、逆に自分が気づいたものはアウトプットにつながっていたということです。

 

そこで「気づき」の大切さを感じました。

 

気づきに影響を及ぼす要因

Schmidt(1990)は気づきに影響を及ぼす要因として以下のようなものを挙げています。

  • 期待
  • 頻度
  • どのくらい目立つか(perceptual salience )
  • スキルレベル
  • タスクの要求:タスクの難易度などによっても、気づきやすさが変わる。

 

期待というのは、ある言語使用の場面で何が起こるか、自分の予測のようなものだと私は解釈しました。

例えば、「スーパーで買い物をする」とき、自分の経験に基づいて、「買い物かごをとって、商品を入れ、レジに行く」などそこで何が起こるかの期待をしているわけです。

「突然怒鳴られる」など期待と違うことが生じた場合、言われたことが印象に残って、気づきが起こる可能性もあります。

逆に思った通りの展開だった場合、自分自身に認知的な余裕がでて、言語形式にまで着目できる可能性もあります。ただ、いずれにせよ、自分の期待というのが気づきを左右する要素ではあります。

 

頻度は、よく見聞きするものは気づきやすいということです。

また、目立っているものは気づきやすいですね。強調していわれたりすると気づく可能性が高くなると思います。逆に「I’d love to」の「’d」など弱く発音されたり、省略されているものは気づきにくいと思います。

スキルレベルといって、言語処理能力の違いにより気づきやすさも変わります。上級学習者は、目標言語の言語処理能力が高いので、より細かい言語形式まで気づくかもしれません。

 

タスクの要求といって、タスクの難易度によっても気づきやすさが変わります。タスクが難しすぎると、内容に集中するのにいっぱいいっぱいで、言語形式に気づくのはなかなか難しいと思います。

私の例ですが、英語でディスカッションするときは、話の内容についていくのが精いっぱいで、言語形式まで注意を払う余裕が全然ないことが多いです。

ご興味のある方は

今回は、主にSchmidtは1990年の論文に基づいて、気づき仮説について説明しました。

気づき仮説は、実証研究が少ないことや、「noticing」の用語の定義もあいまいであるなど、批判も受けています。

また、1990年の段階では、語彙や文法などの言語形式が中心でしたが、その後、Schmidtはのちに、語用論や言語の社会的知識への気づきも含めるようになるなど、理論自体にも修正が加えられています。

 

  • Bergsleithner, J. M., Frota, S. N., & Yoshioka, J. K. (Eds.). (2013). Noticing and second language acquisition: Studies in honor of Richard Schmidt. Honolulu, HI: National Foreign Language Resource Center, University of Hawai’i at Mānoa.

ご興味のある方はこのような論文集もあります。ちなみに、編者の一人のFrotaはSchmidtのポルトガル語学習のデータを一緒に分析した研究者です。