第二言語習得研究では、目標言語の発達のみに着目するのではなく、学習者が言語使用者としてどう複数の言語を使用し、多文化・複文化アイデンティティを形成しているかなど「多言語性」に着目する研究が増えています。
(ご興味のある方は、「The Multilingual Turn: Implications for SLA, TESOL, and Bilingual Education(Stephen May編)」などをご覧ください。)
言語教育の分野でも、「英語のクラスならすべて英語」と目標言語のみに限定するのではなく、学習者の母語や、学習者が既に知っている言語をうまく活用することで学習が促進されるのではないかなど、母語等の役割を肯定的に捉える研究も複数あります。
今回は、言語教育・学習における学習者の母語等の使用をサポートするような研究についてまとめた、Hall and Cook (2012)の第6章を簡単に紹介します。
- Hall, Graham, and Guy Cook. “Own-language use in language teaching and learning.” Language teaching 45.3 (2012): 271-308.
バイリンガル脳に関する研究
「母語等をうまく活用」といいましたが、そもそも言語学習をするときに、母語や自分の知っている言語を活用するのは当たり前のこととも言えます。
例えば、成人の日本語母語話者が、英語を勉強するときに、英語のみで考え、英語のみを使用して学ぶということは、ほぼあり得ないといっていいでしょう。
分からない単語があれば辞書を調べますし、複雑な文などは母語に直してから考えることも多いと思います。
この当たり前とも思えることを、理論的に説明するものとしては、以下の2つが挙げられます。
- Vivian Cookのmulticompetence model
- Jim Cumminsの相互依存モデル
multicompetence model(Vivian Cook)
Vivian Cookが提唱したmulticompetenceというのは「the compound state of a mind with two grammars」(Cook 1991)ということで、つまり、「2つの文法が頭にある状況」ということです。
これまでの「中間言語」研究などでは、ネイティブスピーカーと学習者を比べて、学習者の言語は、目標言語に達しない劣ったものとして考えているきらいがありました。
Cookは、モノリンガルの人間と、既に母語があり第二言語として目標言語を学ぶ人は、そもそも頭の中も違うので、比べること自体がナンセンスだと指摘したのです。
バイリンガルはバイリンガルとして、モノリンガルとは別物として考えるべきといいました。
母語等の存在を言語習得研究の範疇にいれたことで、画期的な考え方だったといえます。
実際に、バイリンガルとモノリンガルでは、言語タスクをする際に違いがあるなどという研究もあります(Bialystok et al. (2005) など)。
(ご興味のある方は「Bialystokのバイリンガリズムと脳に関する別の講演も視聴しました。」もご覧ください)
相互依存モデル(Jim Cummins)
また、Cumminsの「相互依存モデル」も、母語の役割を考慮にいれた理論です(詳しくは「Cumminsの相互依存モデル、BICSとCALPについて」をご覧ください)
Cumminsは、言語能力の根っこの部分には、第一言語と第二言語で共有している部分(Common Underlying Proficiency (CUP))があると考えました。
そして、第一言語(L1)が発達することで、第一言語で培った能力が第二言語(L2)にも転移し、第二言語の学習も助けられると考え、第一言語や母語の役割を肯定的に捉えました。
第二言語習得研究
第二言語習得研究でも、言語学習・コミュニケーションストラテジーとして母語の役割を肯定的に捉えた研究が多数あります。
言語学習では、「気づき(noticing)」やFocus on form(必要に応じて言語形式に目を向けること)が大切と言われています。
Laufer and Girsai(2008)の研究では、母語等と比較したり、翻訳を使うことによって、学生に今まで気づいていなかったことに気づかせたり、特定の言語形式に着目させることができると言っています。
また、母語を使うことで、認知的に負担のかかる作業をしているときの処理能力を減らすことができるという研究(Kern 1994など)や、語彙学習では母語使用が効果的という研究(Celik 2003など)も複数あります。
また、言語は既存の知識をベースに学ぶと効果的といわれていますが、母語と比較する活動により、既存の知識の上に新たな知識を積み上げることができ、また、言語に対する意識の向上にもつながるともいわれています(Widdowon 2003など)。
社会文化的アプローチ
社会文化的アプローチでは、社会的なやり取りを通して協働で作業することを重視しています。
(詳しくは「【Lantolf and Pavlenko(2008)の論文】社会文化理論(socio-cultural theory)と発達の最近接領域(zone of proximal development (ZPD))について」もご覧ください。)
言語を学んでいた人なら、他のクラスメートと言語レベルが違う場合に、うまくやり取りができなかったり、疎外感を味わったなんていう経験がある人もいるかもしれません。
そんなときに目標言語のみを使用するのではなく、適宜母語を使用することによって、容易にタスクが理解できるようになったり、レベル差のある学習者とも効果的に関係構築ができるようになります(Swain & Lapkin (2005)など)。
このように母語の役割を肯定的に捉える研究はあるものの、これも当たり前のことかもしれませんが、日本の英語教育で、ほぼすべての英語の授業を日本語を使って行った場合、英語力自体は伸びないと考えられます。
なので、言語教育において、どの場面でどう母語等を使うのが最適なのかという点が問題になるのですが、そこについてはもっと研究が必要とのことです。
ご興味のある方は
Hall and Cook (2012)の第6章をかいつまんで紹介しました。
著者の一人であるGuy Cookは、言語教育における翻訳について以下の本も出版しています。
- Guy Cook (2010) Translation in Language Teaching: An Argument for Reassessment. Oxford University Press.
この本は和訳も出版されています。
- クック,ガイ(著), 斎藤兆 (監修)(2012)『英語教育と「訳」の効用』研究社