ライティングのプロセス研究
この記事では、ライティングのプロセスを研究するための手法について、ご紹介します。
ライティングの研究と一口にいっても、完成した成果物を分析するものや、何か実践授業をやってその前後の変化を見るなど、様々な研究手法があります。
ライティング研究のうち、ライティングのプロセス、つまり実際に何かを書いているときに何が起こっているのかを調べるための手法としては、以下のようなものがあります。
- Think aloud protocols (TAPs)(思考発話法)
- Stimulated recalls(刺激回想法)
- Eye-tracking(アイ・トラッキング)
- Keystroke logging tools(キーロガー)
なお、これらの手法は特にライティングに限ったものではなく、リーディングの研究などでも広く使われています。
以下、この4つについて簡単にそのメリット・デメリットも含めて紹介します。
Think aloud protocols (TAPs)(思考発話法)
Think aloud protocolsは、書いているときに、考えていることを口に出していってもらうという手法です。
日本語では「思考発話法」などと訳されているようです。
例えば、書きながら「あ、この文はわかりにくいな、変えよう」「記事という言葉じゃなくてサイトのほうがいいかな?ま、記事でいいか」みたいに自分のライティングプロセスを自分で声に出しながら、言うことです。
この手法のメリットとしては、特別なソフトウェアなどは必要なく、研究者が比較的簡単にデータ収集できることだと思います。
デメリットとしては、この手法を使ったことにより、通常のライティングのプロセスとは異なってしまう可能性があることです。
被験者としてやってみるとわかりますが、(普段から独り言をいいながら書いている人はいるかもしれませんが、そうでない人にとっては)話しながら書くのはとても不自然な状況ではあります。
話しながら書くことで、認知的負担も大きくなりますので、通常のライティングのプロセスとは異なってしまう可能性が高いです。また、考えていることをすべて話せるかというと、そういうわけでは決してありません。
このようなデメリットはありますが、完成した成果物をみただけではわからない、ライティングのプロセスについて比較的簡単に知れるという意味で広く使われているようです。
Stimulated recalls(刺激回想法)
Stimulated recallsは、書いている間のプロセスを動画で録画し、(基本は)書いた直後に、被験者と一緒にその動画をみながら、そのときに何を考えていたか説明してもらうものです。
日本語では、「刺激回想法」「再生刺激法」など訳されているようです。
この手法のメリットとしては、think aloud protocolsと同様、特別なソフトウェアなどは必要なく、研究者が比較的簡単にデータ収集できることだと思います。
また、実際に書いている間は、think aloud protocolsのような認知負荷がかからないので、被験者はライティングに集中でき、通常のライティングのプロセスと近い状態でデータ収集できると思います。
デメリットとしては、本人の説明にどの程度信頼性があるかという問題だと思います。
書いた直後に録画をみながらやることで、ある程度信頼性は高くなると思いますが、細かいプロセスを正確に覚えている人は少ないでしょう。
また、実際のプロセスとは違うことを(本人が意識しているかしていないかに関わらず)被験者が言うこともあると思います。
なお、応用言語学・第二言語習得研究におけるstimulated recallについては以下の本も出版されています。
Eye-tracking(アイトラッキング)
この手法のメリットとしては、実際の目の動きについて正確なデータを得られることだと思います。
また、装置が大きいと気になる被験者もいるかもしれませんが、被験者はライティングに集中でき、通常のライティングのプロセスと近い状態でデータ収集できると思います。
ただ、デメリットとしては、価格とライティング特有の問題について考える必要があることでしょう。
まず価格については、アイトラッキングには、Tobii Pro T60 XLや、Eyelink 1000 plusなどあるようですが、本格的なものを購入するとなるとかなりの予算が必要になるかと思います。
次に、ライティング特有の課題についても考える必要があります。
アイトラッキングは、各被験者がどの文にどのくらい時間がかかっているか、どのような順序で読んでいるかを調べることができるので、リーディングの研究ではよく使われています。
ただ、ライティングの場合は、ライティングでは被験者がそれぞれ別のテキストを産出するので、被験者間の比較をどういう基準でするかなども考える必要があるでしょう。
また、ライティング中はテキストは随時書き直すことになると思うので、同じところを見ていたとしても、同じテキストを見ているとは限りません。
なお、第二言語習得・バイリンガリズム研究におけるアイトラッキングについては以下の本も出版されています。
Keystroke logging tools(キーロガー)
Keystroke logging tools(キーロガー)は、すべてのキーボードとマウス操作の内容を記録するものです。
この手法のメリットとしては、実際のライティングプロセスの正確な情報が得られることと経済的なことだと思います。
キーロガーを使えば、どの文を書くのにどのくらいかかったか、正確に測ることができます。
また、Inputlogなど無料のソフトウェアが公開されているため、経済的でもあります。
また、被験者はライティングに集中でき、通常のライティングのプロセスと近い状態でデータ収集できます。
デメリットとしては、キーボードやマウス操作がないときに何をしているのか(読んでいるときなど)わからないというものがあります。
もっとご興味のある方は
ライティングのプロセスを研究する際の手法として、以下の4つを簡単に紹介しました。
- Think aloud protocols (TAPs)(思考発話法)
- Stimulated recalls(刺激回想法)
- Eye-tracking(アイ・トラッキング)
- Keystroke logging tools(キーロガー)
最近だと、いくつかの手法を組み合わせて、ライティングプロセスを多角的に見る研究もあるようです(例:Michel et al. 2020)
もしライティングの研究にご興味のある方は、ライティングについて数多く研究しているHylandの本がわかりやすいと思います。
Hylandについてはこのサイトでも何度か紹介していますので、ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- Hyland (2007)のライティングのクラスにおけるジャンルベースアプローチについての論文を読みました。
- Hylandのアカデミック・ディスコースの分析:文系・理系論文の書き方の違いについて
- HylandのアカデミックライティングにおけるStanceとEngagementについて
- Hylandの影響力のある論文をまとめた本が出版されていました。