相補分布とは
相補分布とは、言語学で使われる用語です。
特に、音韻論(特に音素の分析)で重要な概念です。(音韻論については「音声学(phonetics)と音韻論(phonology)の違いについて」をご覧ください)。
以下のように定義されます。
[A] が起こる環境で[B]は起こらず、[B]が起こる状況で[A]が起こらないという関係 (衣畑 2019, p. 16)
これだけだとわかりにくいので、例を出して紹介します。
例①:「さしすせそ」の場合
さしすせその発音は音声記号で書くと、以下のようになります。
- さ [sa]
- し [ʃi]
- す [sɯ]
- せ [se]
- そ [so]
「し」のときだけ、[ʃi] となっています。つまり、「し」と発音するときは、「さ」「す」「せ」「そ」の発音とは違います。
(ヘボン式のローマ字で書くときも、「sa shi su se so」と「し」だけ「sh」となっていますね。)
この [s] と[ʃ] の音については以下のようなことがいえます。
- 母音 [i] の前の場合は[ʃ]、それ以外の母音の前の場合は [s]
もう少し詳しくいうと、以下のように言えます。
- 母音 [i] の前の場合では[ʃ]になり、[s] は起こらない。それ以外の母音の前の場合は [s]となり[ʃ]はおこらない。
このように、ある単音がある条件の下であらわれ、他の音とはっきりした使い分けのルールがある場合、相補分布をなすといいます。
つまり、[s] と[ʃ] は相補文分布をなしています。
例②:「ん」の場合
日本語の「ん」は、以下のように後続の音によって、同じ「ん」でも音が変わると言われています。
(詳しくは「自由異音と条件異音の違いについて」もご覧ください。)
- [p][b][m]の前→[m]
- 例:さんま[samma]
- [t][d][n][s][z]の前→[n]
- 例:さんた [santa]
- [k][g]の前→[ŋ]
- 例:さんか [saŋka]
- 語末・母音の前→[N]
- 例:ほん [hoN]
この場合も、[m][n][ŋ][N]の出てくる条件は決まっています。
[m]が出てくるときに、通常、[n][ŋ][N]はでてきません。[n]がでてくるときに、通常、他の音はでてきません。
この場合も、これらの音は相補分布をなすといいます。
相補分布をなさない場合
では、相補分布をなさない場合とはどんな場合なのかというと、「らりるれろ」の /r/の音が例としてあげられます。
「らりるれろ」は [r ]で発音する人も、、[l]に近い音で発音する人もいます。
いつ [r ]があらわれ、いつ [l ] が現れるかについて使い分けのルールはありません。
この場合、この2つの音は相補分布をなしていません。
まとめ
相補分布について紹介しました。音韻論で必ずしもといっていいほど紹介される概念だと思います。
ただ、音韻論だけでなく、形態論などでも使われているようです。