有標・無標
言語学で有標(marked)・無標(unmarked)という概念をよく使います。この有標・無標の概念のことを有標性(markedness)ということもあります。
有標・無標については捉え方はいろいろありますが、頻繁に使われる使い方をざっくり言ってしまうと、以下のようになります。
- 無標(unmarked):一般性が高い方。
- 有標(marked):一般性が低く、特殊な方。
有標のほうは、特殊なので標識をつけなければいけない(markしなければいけない)というイメージです。
この概念はもともとはヤコブソン(R. Jakobson)やトルベツコイ(N. Trubetskoy)らによるプラーグ学派の構造主義言語学の音韻研究から来た用語だそうですが(近藤・小森 2012, p. 16)、音韻だけでなく、語彙や文法、言語類型論や第二言語習得研究においても使われます。
この有標・無標がどういうときに使われるか、例を出していくつか紹介します。
音声・音韻
有標・無標は音声・音韻について話すときによく出てきます。
例えば、日本語の「さしすせそ」の「さ行」の子音を考えてみてください。「し」の音だけ子音が少し音が違うのではないでしょうか。
ヘボン式ローマ字で書いた場合も、「さしすせそ」は「sa・shi・su・se・so」になり、「shi」だけ異なっています。
発音記号で書くと、「さ・す・せ・そ」の子音は[s]ですが、「し」の子音は[ɕ] [ʃ]になります。
このとき、[s]のほうが一般性が高いと考えられ、[ɕ] [ʃ]が一般性の低く、例外的なものとして考えられます。
なので、日本語の音声については[s]が無標で、[ɕ] [ʃ]が有標になります。
語彙・文法
有標・無標は語彙・文法について話すときに使われることもあります。
例1:能動態・受動態
例えば、よく能動態が無標で、受動態が有標だと言われます。
- Aさんはこの本を書いた。(能動態)
- この本はAさんによって書かれた。(受動態)
例えば上記の2つの文をみたときに、能動態のほうがシンプルに感じる人が多いのではないでしょうか。
受動態にするには、動詞を活用しなければならず、意味を処理する際にも時間がかかると言われています。
能動態のほうがより一般的と考えられるので、能動態が無標、受動態は有標となります。
例2:語順
語順でも有標・無標の概念が使われることがあります。
例えば、日本語では「私はプレゼントをあげる」というのも「プレゼントを私はあげる」というのもどちらも文法的ではあります。
ただ、日本語では「私はプレゼントをあげる」というSOV(主語・目的語・動詞)の語順の方がより一般的な用法で、「プレゼントを私はあげる」は何か強調の意味などがあるときに使われることが多いのではと思います。
日本語の場合「私はプレゼントをあげる」というSOV(主語・目的語・動詞)の語順が無標で、SOVではない「プレゼントを私はあげる」という語順は有標となります。
例2:形容詞
語彙にも有標・無標の概念が使われることもあります。
有標の語彙は使用頻度が低かったり、使用が制限される場合が多いとされています。
例えば、「大きい・小さい」などの形容詞を考えてみましょう。
一般的に何かの大きさを知りたいときに、「この机の大きさを教えてください」とは言いますが、「この机の小ささを教えてください」というのは一般的ではないと思います。
このことから、「大きい」のほうが無標、「小さい」のほうが有標と言われたりします。
例3:ジェンダーを表す語彙
語彙におけるジェンダーの話でも有標・無標は出てきます。
例えば、「兄弟」と「姉妹」という語彙を比べると、「兄弟」のほうが一般的ではと思います。
一般に兄弟・姉妹の有無を聞くときは「ご兄弟はいますか」などの言い方をするのではないでしょうか。
このことから、「兄弟」のほうが無標、「姉妹」が有標になります。
「女医」や「女流作家」など、「女性を表す語彙が有標になることが多い」という文脈で、有標・無標が出てくるケースが多いかと思います。
まとめ
なお、有標・無標というのは二項対立として捉えられることもあれば、使用頻度や構造的複雑さ、認知的負荷などを鑑みて、「より有標的」「より無標的」といったように段階的に説明することもあります。
有標・無標については言語学の入門書などでは出てくることが多いと思うので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。