英語論文で先行研究を言及するときの時制
英語論文で、過去の研究を言及するときに、現在形で書くのか、過去形で書くのか、現在完了形で書くのか迷ったことがある人はいるのではないでしょうか。
また、英文校正をお願いしても、校正者によって判断も違うこともあり、最初、現在形に直されたものが、別の校正者にお願いすると過去形に直されたりして、混乱することがあります。
そこで、今回は先行研究について言及するときの時制について、『英文校正会社が教える 英語論文のミス100』(p. 67~69)に記載されていた目安を紹介したいと思います。
時制の目安
過去の研究について言及するときの目安として以下があります(『英文校正会社が教える 英語論文のミス100』p. 69)
引用する内容 | 時制 |
すでに確立され、一般化されている過去の研究結果 | 現在形 |
研究のサンプルや母集団に固有のもので、一般化されていない過去の研究結果 | 過去形 |
最近の研究で行われたこと | 現在完了形 |
第二言語習得研究に大きな影響を与えたFirth and Wagner (1997)の論文の序論の部分(p. 757-759)例に使って、この時制を見てみたいと思います。
現在形を使うとき
現在形は、すでに複数の研究によって確立され、一般的事実と認められることを述べるときに使います。
Firth and Wagnerの論文では以下の時に使われています(赤字追加。以下同)。
And yet, as introductory SLA texts such as Larsen- Freeman and Long (1991), Lightbown and Spada (1993), and Ellis (1990, 1994) demonstrate, there is a strong tendency within SLA to accumulate large quantities of heterogeneous research. (p.760)
ここでは、第二言語集等研究(SLA)の傾向について、SLAの入門書を引用しながら述べています。
「SLAの入門書でも示されるように、大量の雑多な研究を蓄積する傾向が強くある」と一般的事実と認めているから、現在形を使用していると考えてよさそうです。
Firth and Wagnerの論文では、「Long (1993) claims that~ (p. 758)」のように、他の学者の主張を引用するときにも現在形を使っていました。
過去形を使うとき
過去形は、一般事実として確立されていない研究結果を述べるときに使います。
Firth and Wagnerの論文で過去形が使われていた例には以下がありました。
Long (1990), for example, inaugurated a discussion on the perceived proliferation of theories in SLA, and argued the need for “theory culling.” (p. 758)
上記では、「LongがSLA理論の量が多いのではないかという議論を始め、理論を淘汰する必要性を主張した」という趣旨で使われています。
その議論を始めたのがLongで、一般事実としては確立されていない段階なので過去形を使ったと考えることができます。
現在完了形を使うとき
現在完了形は、比較的最近の研究について言及するときに使うことが好ましいと言われています。現在完了形を使うことで、自分の研究と関連性が深いことを暗に示すこともできます。
Firth and Wagnerの論文で現在完了形が使われていた例には以下がありました。
In a recent paper, Block (1996) has challenged many of the assumptions upon which these discussions are predicated (p. 758)
「In a recent year(近年)」という冒頭の言葉にもあるとおり、最近の研究ですね。ちなみに、引用されているBlockの論文は1996年のものですが、Firth and Wagnerの論文が1997年に出版されたので1年前のものですね。
どこまでを「最近」と考えるかは分野やそれぞれの研究者によってばらつきはあるかと思います。
Firth and Wagnerでは以下でも現在完了形が使われていました。
We are aware of the growing number of SLA studies, mainly of an ethnographic nature, that are socially and contextually oriented (e.g., As- ton, 1993; Blyth, 1995; Kramsch, 1995; Hall, 1995). Although such studies are beginning to impact SLA in general, and have begun questioning and exploring the fundamental notions of learner, nonnative, native speaker, and interlanguage, most tend to take the formal learning environment (i.e., the S/FL classroom) as their point of departure. (p. 758)
ここでは、近年SLAで社会・状況に着目した研究が増えていることに言及し、これらの研究がSLA一般に影響を及ぼし始めており、今までの「学習者」「ノンネイティブ」「ネイティブスピーカー」「中間言語」などの基本的概念に疑問を投げかけ始めているといっています。
ちなみに、Firth and Wagnerの論文自体が、この「学習者」「ノンネイティブ」等の概念に疑問を呈するものでした。
なので、ここで「始めた」と過去形を使うのではなく、「始めている」と現在完了形が使うことで、暗に自分との研究との関連性とのつながりも示しているとも考えられます。
まとめ
『英文校正会社が教える 英語論文のミス100』(p. 67~69)に記載されていた目安を、Firth and Wagnerの論文の例を参考に紹介しました。
Firth and Wagnerの論文では、この目安に従ってある程度説明できそうでした。
ただ、この記事を書く際に他の論文もあたってみたのですが、先行研究にかなり過去形を多く使っているもの(Ellis (2016)など)や、現在形が多いもの(Block (2013))もありました。
なので、上記の目安もあくまで目安であって、自分が執筆するときの判断基準にするのはいいと思いますが、参考程度にするのがいいのかなと思います。
ちなみに今回紹介した『英文校正会社が教える 英語論文のミス100』では、「a」と「the」の違いなど日本語母語話者が迷いそうな表現を説明してくれているので、英語で論文を書いたことがある人だと、役に立つ知見があると思います。