エティック(etic)とエミック(emic)とは
エティックと、エミック(イーミックと表記されることもあります)は、言語学や文化人類学で使われる用語です。
言語学者のケネス・リー・パイク(Kenneth Lee Pike)が作った用語で、以下のように、人の行動や、文化、言語を分析をするときの視点の違いを示します。
- エティック:外側・第三者の視点から分析すること
- エミック:内側・当事者の視点から分析すること
由来
エティックとエミックは、それぞれ「phonetics(音声学)」と「phonemics(音素論)」に由来する用語です。
エティックは、音声学を意味するphoneticsからきています。
音声学では、基本はある特定の言語に絞って考えるのではなく、あらゆる言語共通する特徴を探る傾向があります。
例えば、英語を勉強するときに、apple [ˈæp.əl]というふうに、単語の発音記号が書かれているのを見たことがある人も多いと思います。
この発音記号は、国際音声記号に基づくものですが、国際音声記号は、英語に限ったことではなく、あらゆる言語の音声を文字で表記することを目的に作られたものです。
エミックは音素論を意味するphonemicsからきています。音素論とは、それぞれの個別の言語がどんな音体系・構造を持っているかを探る学問です。
例えば、日本語にはどんな音の単位があって、どういう使い分けをしているかなどを調べます(詳しくは「音素とは何か」もご覧ください。)。
これは言語に共通する普遍的な特徴ではなく、あくまで個別言語に着目する傾向があります。
言語学者のケネス・リー・パイク(Kenneth Lee Pike)は、この違いを言語だけでなく、言語以外の人の行動を分析するときにも使えると考えました。
そして、「音」を意味する「phon-」を削除して、「etic」「emic」という概念を作りました。
この概念が特に文化人類学でよく使われていきます。
エティックとは
エティックは「外側から分析する視点」ですが、音声学と同様、全人類に共通する普遍的な特徴を探る研究などを指して使われます。
「研究者の視点(researcher’s perspective)」や「科学者の視点(scientist’s perspective)」と言われることもあります。
分析者が作った枠組みにあてはめて、物事を考えることが多いです。
エティックな視点の例
例えば、有名な Brown and Levinsonのポライトネス理論というものがあります。
「ポライトネス」というのは「丁寧さ」という意味ではなく、会話を円滑にして、円満な対人関係を構築・維持するための言語の使用・行動のことをいいます。
BrownとLevinsonは、対人関係を構築・維持するときに人がとる戦略として、ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーとネガティブ・ポライトネス・ストラテジーを提唱しています。
ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーは、相手と積極的にかかわって、認められたいという欲求を満たすための戦略です。
逆に、ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーは、邪魔されたくない、ネガティブな印象を与えたくないという欲求を満たすための戦略です
このポライトネス理論は、言語に特定のものではなく、どの言語にもみられる普遍的な理論として構築されています。これもエティックな視点と考えられます。
また、この理論を、各言語にあてはめて考えようとする研究もエティックな視点といえるでしょう。
エミックとは
エミックも音韻論と同じで、ある特定の文化等を、内側からの視点で分析することです。
ある文化固有の特徴などを探ることが多く、文化間の違いなどを強調する傾向にあります。
分析者が作った枠組みにあてはめて物事を考えるのではなく、内側から物事を見る中で枠組みを発見していくという形をとることが多いです。
また、物事の一部に焦点を当ててみるのではなく、物事の全体像をみようとする傾向もあります。
エミックな視点の例
この前、「チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学」という香港のタンザニア人商人の生活を描いた本を読みました。
この本の筆者は香港の重慶大厦(チョンキンマンション)の自称「ボス」であるタンザニア人のカラマと行動を共にすることで、香港のタンザニア人の暮らしぶりや、彼らが何かの「ついで」を基盤に助け合いのセーフティネットを構築している様子などを描き出していました。
調査対象者と一緒に過ごすことで、彼らのコミュニティに入り込み、彼らの視点に立って、彼らの論理を紐解くような立場は、エミック的な視点と言えると思います。
まとめ
エティックとエミックの違いについて紹介しました。
とはいえ、研究するときは二つを分けるのではなく、どちらも考えることが重要ともいわれています。
現場について知るためにエミックな立場で調査をしますが、実際に分析するときはエティックな立場をとるなどもあります。
論文を読むときなどに、「from an emic perspective」など書かれたりもしているので、覚えておくと便利な概念だと思います。