地域の少数言語にとってTranslanguagingは脅威か、チャンスか?

Translanguagingとは

Translanguagingは、同一の会話内でフレキシブルに複数のことばを使うことを指します。

バイリンガル・マルチリンガルの人同士が話すとき、「日本語」や「英語」と言語を厳格に分けて話すのではなく、結構どちらも使って話すことが自然と言われています。

Translanguagingとは何か?Bilingualismとの違いは?

PlurilingualismとTranslanguagingの違いについて

↑ご興味のある方はこちらの記事もご覧ください。

 

教育分野では、移民の子どもへの教育の場面でTranslanguagingの概念がよく取り入れられています(García & Otheguy 2020)。

 

例えば、日本に住んでいる日系ブラジル人の子供(母語はポルトガル語)のケースの場合、同じ環境で育った日系ブラジル人の子供同士で話す場合は、ポルトガル語と日本語を混ぜて話すことが多いと考えられます。

 

複数の言語で育った子どもにとって、(相手が複数の言語がわかる場合は)同一会話内で複数の言語を使って話すというのは自然といわれています。

Translanguagingでは、「日本語で話すときは日本語だけを使いなさい」などといって、子どもたちの言語使用を否定するのではなく、自分の話し方(や存在)を尊重できるようにすることを教育目標ともしています(García & Otheguy 2020)

 

地域の少数言語の場合

今回読んだ以下の論文では、スペインのバスク語の例を挙げて、バスク語のような地域の少数言語の場合、Translanguagingが脅威になるのか、チャンスになるのかという議論をしていました。

  • Cenoz, Jasone, and Durk Gorter. “Minority languages and sustainable translanguaging: Threat or opportunity?.” Journal of Multilingual and Multicultural Development 38.10 (2017): 901-912.

 

移民の子供の場合は、Translanguagingが自己肯定にもつながりプラスの効果が大きいかもしれません。

ただ、バスク語の場合、translanguagingを推奨して、「どの言語リソースを使ってもいい」とすると、マジョリティ言語であるスペイン語がどんどん強くなってしまい、少数言語であるバスク語が消滅してしまうのではという懸念が強くあります。

 

この論文で紹介されていたバスク政府(2013)が行った調査だと、バスク自治州の児童の校庭での会話ではスペイン語の使用が多いようですね。

中等教育2年生のデータだと、校庭の会話がバスク語のみ・バスク語の方が多いと答えた学生は29%だけで、スペイン語のみ・スペイン語の方が多いと答えた学生は62%にのぼったようです。

 

Cenoz & Gorter (2017)は状況を考えずにtranslanguagingを取り入れることは、特に地域の少数言語にはネガティブな影響を与えかねないといっています。

 

とはいえ、translanguagingというのは、実際のバイリンガル・マルチリンガルの人のコミュニケーションの現実を反映した理論でもあるので、少数言語の教育方針として無視するわけにもいかないといっています。

また、グローバル化が進む今、他の言語の影響を一切排除して、言語を保護するなどということも非現実的です。

 

なので持続可能なtranslanguagingを取り入れていく必要がある、というのが著者たちの意見なのですが、そのために以下のとおり5つの指針を出していました(p. 909)。

 

持続可能なtranslanguagingのための指針

①マジョリティ言語の脅威なく、少数言語が話せる空間を作る

学校、教室、村、地域などで、マジョリティ言語と競合することなく、少数言語が自由に使える空間を確保することが大切といっていました。

これは今までの少数言語保護の方針と同じかもしれませんが、違いとしては、以下で説明するとおり、translanguagingも並行して教育で取り入れるということです。

 

つまり、translanguagingを取り入れる場合も、少数言語だけの空間が確保されていることが前提ということだと思います。

 

②Translanguagingを使ってマイノリティ言語を使わなければいけない場面を作る

少数言語は、必要がないと使われなくなってしまいます。

なので、公式なスピーチなどで、あえてバスク語とスペイン語を混ぜて話し、バスク語・スペイン語がわからないと理解できないような状況を作ることが大切といっています。

Translanguagingを少数言語を学ぶインセンティブに使うということかと思います。

 

③すべての言語を強化し、メタ言語意識を高める

学校教育等で、学生たちの複数の言語リソースの知識を活用して、メタ言語知識を高めることも必要といっています。

(メタ言語とは、言語について説明するときに使う言語のことです。「英語だと三単現のsがある」という文法に関する知識などがメタ言語知識に含まれます。)

例えば、言語間の類似点・相違点を比較したり、翻訳の活動を取り入れたりして、マルチリンガルの話者のリソースを活用し、メタ言語知識を高めることが大切といっています。

 

④言語に対する意識を高める

また、学校教育等では、各言語のメタ言語知識だけでなく、社会における各言語の社会的地位や機能、使用について意識を高めることも必要と著者はいっていました。

スペイン語・バスク語やその他の言語の社会的地位等を考えることは、少数言語の役割・状況を理解することにもなります。

言語の役割・状況を理解することは、学生たちが多言語アイデンティティを育むことにも寄与するため、必要だと言っています(Cenoz & Gorter 2017)

 

⑤自然なtranslanguagingと教育活動をつなげる

複言語で育つ子どもはtranslanguagingをすることが自然と言われています。

この自然なtranslanguagingを無視するのではなく、それをもとに、教育活動を行い、少数言語での日常生活でのコミュニケーションスキルを育む必要があるといっています。

 

まとめ

地域の少数言語の保持という文脈で考えた場合、translanguagingのように「自分の中の言語リソースを尊重」というのは、言語間の弱肉強食(?)の世界に身を任せようということにもなりかねないということかなと思いました。

 

自分の中の言語リソースを大切にするという理念自体を否定するものではなく、それを大切にしつつ、少数言語を保持する方向性で検討していこうということかと思いました。