継承語とは
heritage language
継承語は「heritage language」の日本語訳です。
移民などの場合、家庭で話す言語と、現地の学校で学ぶ言語/家庭外で話す言語が違うケースが多くなります。
ものすごくざっくり言ってしまうと、「継承語」はこのとき家庭で話す言語のほうを指します。
例えば、日本に居住する日系ブラジル人家庭の場合、子どもは家庭で(少なくともある程度は)ポルトガル語を話し、学校では日本語で教育を受けるケースが多いかと思います。
この場合「ポルトガル語」が継承語になります。
アメリカに居住した日本人家庭の場合、子どもは家庭では(少なくともある程度は)日本語を話し、外では英語を使うケースが多くなると思います。
この場合は「日本語」が継承語になります。
Polinskyの定義
とはいえ、継承語とは何なのか、定義も難しく、問題も多いです。
継承語でよく引用されるのは、Maria Polinsky(2008, p. 149)が提唱した以下の定義です。
A language which was first for an individual with respect to the order of acquisition but has not been completely acquired because of the switch to another dominant language
習得の順番から言うと第一言語だが、その国の主要言語に移行したために(第一言語として)完全に習得しなかった言語
(Maria Polinsky(2008, p. 149)、和訳は近藤ブラウン (2019), p. 9-10を引用)
例えば、アメリカに移住した日本人家庭の場合、子どもは家庭で日本語を母語として育ちますが、学校教育がはじまると英語(=その国の主要言語)のほうが強くなり、日本語が十分に伸びないというケースもよくあります。
(移民家庭の場合、親が日本語で話しかけても、子どもは英語で答えるなどといったケースはよくあります。)
Polinskyの定義によると、「完全に習得しなかった言語=日本語」が継承語になります。
とはいえ、何をもって「完全に習得しなかった」というのかなど難しく、定義は難しいです。
また、両親の母語が異なる場合(父は日本語母語、母は英語母語など)は、習得の順番で第一言語は何なのかという問題もあります。
継承語学習者
継承語学習者(heritage language learner)とは、継承語を学ぶ学習者ということです。
例えば、アメリカに移住した日本人家庭の場合、子どもは日本語がある程度はわかるのですが、日本語使用が家庭内に限られていることが多いです。
その子どもが、ある時点で、日本語を学びたいと思って、日本語クラスを履修することがあります。こういった学習者のことを「継承語学習者」といいます。
(個人的な経験ですが、海外で日本語を教えていると、一定の割合で日本にルーツを持つ学生がクラスにいます。)
Valdés (2001)は継承語学習者を以下のように定義しています。
“individuals raised in homes where a language other than English is spoken and who are to some degree bilingual in English and the heritage language.”
家では英語以外の言語を話す家庭に育ち、その言語を話す、あるいは理解できるなど、その言語と英語がある程度使えるバイリンガル学習者
(Valdés (2001), 和訳は中島 (2019), p. 143を引用)
(「英語」になっているのはValdésがアメリカの文脈で話しているからです。「英語」の部分が日本に居住している場合は「日本語」、韓国に居住している場合は「韓国語」になります。)
継承語学習者は、いわゆるゼロから日本語を学ぶ第二言語学習者とはニーズや能力が違っていたりするので、継承語学習者が多い地域では、継承語学習者用のコースが開講されたりします(例えば、日本語の継承語コースについてはDoerr and Lee (2013)に報告もあります。)
とはいえ、継承語学習者の定義も、エスニック・コミュニティへの帰属を重視するものから、家系を重視するもの、言語能力を重視するものまでいろいろあります(詳しくはこちらの記事もご覧ください)
他の言い方と問題
北米ではheritage languageという用語が広く使われています。
ただ、オーストラリア、イギリス、ニュージーランドではcommunity languagesと言われることが多いです。
また「継承語」というと、どうしても「血」や「家系」のつながりが強調されるきらいがあります。
例えば、アメリカの日系2世、3世の家庭になると、家庭でほとんど英語を話しているケースも多く、言語能力という意味だと第二言語学習者と変わらないケースも多いです。
その場合も「血/家系」を重視して「継承語学習者」になるのか、微妙なところです。
また、国際養子縁組のケースや、幼少期を海外で過ごした子ども、先住民のこども、健聴者の親を持つろう児などはどうなるのかという問題もあります(中島 2019, p. 143)
とはいえ、他にいい用語もないので、このまま使われているような印象です。
継承語の歴史
Heritage languageという用語は、1967年、カナダオンタリオ州の「継承語プログラム」 (Heritage Language Programme) で初めて使われました(中島 2017)。
「継承語」という和訳は、カナダ日本語教育振興会が使い始めたのが最初です(「遺産言語」と訳されることもあるようです)(中島 2017)。
その後、カナダでは、1990年代に財政逼迫でカナダ連邦政府の民間継承語プログラムが打ち切られ、州の「継承語」プログラムが「国際語」プログラムの一部に組み込まれるようになります。このため、カナダでは継承語関連の研究は下火になりました(中島 2017)。
ただ、2000年前後に以降、今度は米国で「heritage language」という用語が使われるようになり、その後米国を中心に「継承語」が使われています。
2003年からアメリカでHeritage Language Journalという学術誌発刊され、応用言語学センター(CAL)には全米継承語学校に関するデータベースが公開されています(中島 2019)。
なお、米国ではスペイン語継承語学習者に対する研究やプログラムが多いですね。
日本でも母語・継承語・バイリンガル教育(MHB)学会が立ち上げられています。
まとめ&もっと興味のある方は
継承語について興味がある方には以下の本もおすすめです。
- 中島和子(2016)『完全改訂版 バイリンガル教育の方法:12歳までに親と教師ができること 』アルク
↑継承語を含めた、バイリンガル教育についてまとめられています。
- ジム・カミンズ・ マルセル・ダネシ(著)、中島和子・高垣 俊之(訳)『新装版 カナダの継承語教育――多文化・多言語主義をめざして』明石書店
↑カナダの継承語教育についてまとめた本です。
- 近藤ブラウン 妃美・坂本 光代・西川 朋美(編)『親と子をつなぐ継承語教育 ―日本・外国にルーツを持つ子ども』くろしお出版
↑継承語教育に関する理論や実践を扱った論文集です。
日本にルーツを持つ海外の子どもの継承語日本語と、日本国内に住む外国にルーツを持つ子どもの両方に注目しています。