ダイグロシア(diglossia)とは
ダイグロシアとは
ダイグロシアは、アメリカの言語学者Charles A. Fergusonが提唱した概念です。
フランス語のdiglossieという言葉からとった用語です。このフランス語のdiglossieは、もともとはギリシャ語で「バイリンガル」を意味する「diglossos」から来ています。
Ferguson(1959, p. 325)では、ダイグロシアは以下のような状況のことであると説明しています。
[…] where two varieties of a language exist side by side throughout the community, with each having a definite role to play
コミュニティ全体で、2つの言語変種が、それぞれが異なる役割をもちながら併存していること
ダイグロシアとは、ある社会の中で、2つの言語(または言語変種)が、それぞれ別の社会的領域で、同時に使われている状況のことを言います。
そのそれぞれの言語・変種が使用される領域や、言語・変種の地位は違います。
ちなみに、Fergusonは、「言語変種」という同一の言語内の様々なバリエーション(方言など)を扱っており、別の2つの言語については扱っていませんでした。
ただ、後に、同じ言語の2つの変種のみでなく、1つの社会の中の2つの異なる言語の同時使用も含められるようになり、現在は、その拡大された定義が一般的に使われています。
なお、ある社会の中で、3つ以上の言語・言語変種が、異なる社会的領域でそれぞれ使われている場合は、「ポリグロシア(polyglossia)」と言います。
ダイグロシアの例
例えば、アラビア語圏では、標準アラビア語(フスハー)と口語のアラビア語(アーンミーヤ)が併存しています。
アラビア語圏では、新聞やニュース、書籍などの大半は標準アラビア語(フスハー)が使われています。
一方、普段の生活では口語アラビア語(アーンミーヤ)を使っています。口語アラビア語は地域によって違い、モロッコの口語アラビア語と、エジプトの口語アラビア語だと意思疎通が難しいこともあります。
つまり、標準アラビア語(フスハー)と口語のアラビア語(アーンミーヤ)は使われる場面が分かれており、重複する場面がないわけではないものの、基本は住み分けがなされています。
このように、互いに機能・地位の別の2つの言語(言語変種)が一つの社会に同時に存在することをダイグロシアといいます。
その他にも、言語変種間のダイグロシアの例として、以下のようなものがあります(Ferguson(1959))。
- スイスにおける、(1) 標準ドイツ語と (2) スイスドイツ語
- ハイチにおける、(1) フランス語と (2) ハイチクレオール
- ギリシャにおける、(1) カサレヴサ(文語)と (2) ディモティキ(口語の標準語)
(*なお、Fergusonの論文が書かれたのは1959年で、ディモティキが1970年代に公用語化される前です。)
H変種とL変種
ダイグロシアのある社会で、言語・言語変種間の地位は同じではありません。
言語・言語変種は、H変種(high variety、”H”)とL変種(low variety, “L”)という2種類に分けられます(Ferguson 1959)。
H変種というのは、社会的に地位が高く、主に教育、メディア、ビジネス、その他の公的な場で用いられます。また公的な教育を通して習得されることが多いものです。
L変種というのは、社会的に地位が低く、主に家庭や地域の活動、ソーシャルメディアなどの比較的インフォーマルな場で用いられます。子どもが自然に習得することが多いものです。
先ほどのアラビア語の例だと、新聞・ニュースなどで使われる標準アラビア語がH変種、日常会話で使われる口語アラビア語がL変種になります。
ダイグロシアに対する批判
このような枠組みがあるのは便利ではあるものの、現実ではダイグロシアのように2つの言語・言語変種が厳密に使い分けられるものではないと指摘があります。
例えば、フィリピンにおけるフィリピノ語は、英語と共に公用語となっており、どちらの言語も公的の場で使われています。社会的な地位というのも、言語政策や社会状況によって変わりうるものです。
ある言語・言語変種が、これまでは使われていなかった社会的領域で使われるようになることも多々あり、このような現象を「 leaky diglossia (Fishman 1972, p. 105)」とも言います。
「leak」というのは「漏れやすい」、「漏れがある」という意味なので、二つに使い分けられるわけではないということです。
García (2013)は、ダイグロシアという枠組みを使うと、2つの言語の地位が不変のものとして扱われてしまい、弱い言語はずっと弱いままになってしまうことを指摘しています。
現実では、2言語がバイリンガルの人というのは、2つを厳密に分けるわけでなく、状況に合わせて柔軟に2つの言語を混ぜて使うことも多いこともわかっています。Garciaは、2つの言語が対立しあうのではなく、どちらの言語も伸ばす形で、教育の場面で地位の高い言語にマイノリティの言語も使っていくことも提言しています。
社会の中で2つの言語・言語変種の関係を固定的なものとしてみるのではなく、柔軟で変わりうるものを示すものとして、「transglossia(García 2013)」という用語も提唱されています。
まとめ
ダイグロシアについて簡単に紹介しました。まとめると以下のようになります。
- ダイグロシアとは、ある社会の中で、2つの言語(または言語変種)が、同時に使われている状況のことを指す。
- H変種(high variety、”H”)は、社会的に地位が高く、主に公的な場等で用いられる変種をいう。L変種(low variety, “L”)は、社会的に地位が低く、主に家庭等で使用される変種をいう。
- ダイグロシアについては、実際の使用は厳密に使い分けられるものではなく、社会的地位も変わりうるものであるという批判もある。
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
参考文献
- Ferguson, C. A. (1959). Diglossia. word, 15(2), 325-340.
- García, O. (2013). From diglossia to transglossia: Bilingual and multilingual classrooms in the 21st century. Bilingual and multilingual education in the 21st century: Building on experience, 94.