アイデンティティ研究でよく使われるポジショニング理論(Positioning Theory)について

ポジショニング理論

ポジショニング理論は、もともとはHollway(1984)のジェンダーの差に関する論文で提唱されたようですが、その後Davies, Harré, Van Langenhoveをはじめとする学者が発展させていきます。

ポジショニング理論について、私の理解している範囲でまとめてみます。

 

今回の記事を書くにあたって参考にしたのは以下の論文です。

  • Harré, R., & Van Langenhove, L. (Eds.). (1999). Positioning theory: Moral contexts of international action. Wiley-Blackwell.

 

  • Davies, B., & Harré, R. (1990). Positioning: The discursive production of selves. Journal for the theory of social behaviour, 20(1), 43-63.

↑この論文もよく引用されています。これについてはずいぶん前に備忘録を書いたので、興味のある人はこちらもご覧ください。

 

ポジショニングとは

ポジショニング理論は、アイデンティティ研究でよく使われる理論です。特に分析枠組みとしてよく使われていることが多いように思います。

よくマーケティングなどで、顧客のニーズを考えながら、競合他社と違う独自の位置づけを探る戦略を「ポジショニング戦略」というそうです。

 

それと似ていて、ポジショニング理論では、会話の中で、人は自己や他者を位置付けており、その関係性の中で自己・他者のアイデンティティも構築されていくと考えます(Davies and Harré 1990)。

 

ポジショニングについては、Harré& Van Langenhoveは以下のように述べています。

positioning can be understood as the discursive construction of personal stories that make a person’s action intelligible and relatively determinate as social acts and within which the members of the conversation have specific locations (Harré, R., & Van Langenhove 1999, p. 16)

ストーリーを談話の中で構築すること。それによって、ある人の行動が社会的行為として理解可能で比較的明確なものとなる。また、その語りの中では、会話をしている人がそれぞれの立ち位置がある。

 

(翻訳はこちらでつけた参考訳です。訳語については要検討です)

 

ポジショニング理論は、ある会話の中でアイデンティティがどう構築され、維持され、変化していくかに着目している理論です。

 

ポジショニングの例①

上記だとわかりづらいので、2つの例を通して考えてみます。

例えば、授業の中での以下の会話を考えてみます。田中が教師、山田・佐藤が学生です。

田中:じゃ、次の質問について、山田さんはどう思いますか

山田:そうですね。私の考えでは[略]

田中:なるほど。佐藤さんはどう思いますか。

佐藤: 山田さんと同じで私も…[略]

 

この会話では、教師である田中さんが、学生である山田さんと佐藤さんに意見を述べさせています。

この場合、山田さんも佐藤さんも、田中さんを「先生」と位置付けているからこそ、田中さんにこうやって発言を振り分けるという「社会行為」を行う権利や正当性を認めていると考えられます。

3人とも、「教師」、「学生」という自分の立ち位置に沿って、行動しており、こういう教室での共通理解(ストーリー)を皆が共有しているともいえます。(また、こういった日常の会話を通して、それが強化されているとも言えます)。

 

もし、突然、教師である田中さんが、クラスが始まっても、一言も何も話さなかったとします。

学生の一人である佐藤さんがそれをしても、たぶん何も思わないかもしれませんが、教師である田中さんがそれをしたら、「変だ」「どうしたんだろう」など、学生の山田さん・田中さんは思うかもしれません。

クラスという文脈において、「教師である田中さんが黙る」という社会的行為は、まったく理解不明なものになってしまいます。

 

このように、自分・相手の位置づけというのは会話を通して構築されていくものですし、この自分・相手を位置付ける行為というのは、その関係者間で行われる社会的行為の正当性や許容などにも影響を及ぼしています。

 

ポジショニングの例②

例①はどちらかというと「教師」や「学生」といった社会的役割に近い例でしたが、もっと談話に着目した例を考えると以下のようなものがあります。

例えば、山田、佐藤、鈴木の3人の学生がグループワークをしているとします。

 

山田: この問題の答えは、Aじゃないかなと思うんだけど…

鈴木: 山田さんを信用する!

佐藤: そうそう、山田さんがいってるから、間違いない。Aにしよ。

山田:え、そういうの、やめてよ!

 

鈴木さんと佐藤さんは、山田さんを「頼りになる人だ」と位置付けていたとします。

 

この場合、上記の例のように、山田さんの発言を認めるというインセンティブが働く可能性が高いです。

(もし山田さんがちぐはぐな発言を繰り返すと、逆に「頼りにならない人」という位置づけがされ、発言が認められなくなるインセンティブが働くかもしれません。)

 

ただ、山田さんはそういう位置づけがあまり好きでなかったようで、最後には「そういうの、やめてよ」と、自己の位置づけの見直しを提案しています。

「やめて」といったところで、山田さんの思ったとおりにその位置づけが変更されるとは限りません。

 

ですが、このように普段の会話の中で、3人はそれぞれ自己・他者を位置付けていて、相互作用の中で、3人の中での共通理解(ストーリー)を組み立てているといえます。

 

このポジショニングというのは、意図的にやることもあれば、そうでないこともあります。また、自分の望んでいない位置づけが押し付けられることもあります。

(その場合、山田さんのように反論を試みるなどということもできますが、なかなかそれができないケースもあります)

 

ポジショニング理論の特徴

アイデンティティというと「日本人」「中国人」といったような民族的アイデンティティや、「女性」「男性」などというジェンダーアイデンティティなど、ある程度固定的にとらえられることも多いと思います。

ポジショニング理論は、アイデンティティの流動性について着目したいときに、便利な枠組みだと思います。

 

また、ポジショニング理論を使う場合、対話における意味については文脈に応じた解釈が求められます。

例えば、「すごい」という言葉は、ほめ言葉として使われることも多いですが、文脈によっては非常に皮肉として捉えられることもあります。

 

ポジショニングというのは常に流動的で、文脈が必要になるというのが特徴かと思います。

 

 

興味のある方は

上記にも挙げた、Harré& Van Langenhoveの本でポジショニング理論について詳しく紹介されています。

  • Harré, R., & Van Langenhove, L. (Eds.). (1999). Positioning theory: Moral contexts of international action. Wiley-Blackwell.

 

また、ポジショニング理論は理論的発展もあるようで、以下のような論文も2009年に出版されているようです(もう10年前ですね…)。

  • Harré, Rom, et al. “Recent advances in positioning theory.” Theory & psychology 19.1 (2009): 5-31.