NortonのIdentity and language learning
Norton(2000)のIdentity and language learningという本を読みました。この本をきっかけに応用言語学でもアイデンティティが注目されるようになったと何回か書かれているのを見たことがあり(どこかは忘れてしまいましたが)、応用言語学のアイデンティティ研究の先駆けになるような本です。
- Norton, Bonny. Identity and language learning: Gender, ethnicity and educational change. Editorial Dunken, 2000.
この本ではカナダに移民したEva, Mai, Katarina, Martina, Feliciaの5人の女性と長期的に関わり、彼女たちのアイデンティティの変化などを見ていました。
Spolsky(1989)に対する批判
そして研究で得られたデータをもとに、今までの応用言語学の理論に反論していきます。以下はいくつかの例です。
Spolsky (1989)は言語クラスではなくて、自然環境での学びについていくつか特徴を挙げているのですが、それは彼女のデータには当てはまらないと言っています。
例えば、自然環境での学びの特徴の1つに、「自然な環境での学習は、クラスのための言語じゃなくて本物のコミュニケーションなので、自然環境で意味あるコミュニケーションをすることは有意義な練習になる」というのがあるのですが、今回の研究では、英語ネイティブの人は、ノンネイティブの人とそういうコミュニケーションをそもそもする気がないことが多かったと言っています。
Schumann (1976)に対する批判
また、Schumann (1976)の文化変容モデル(Acculturation model)にも反論しています。
例えば、仮定の1つに「目標言語グループよりも自分たちの言語グループが劣っていると思うと、学ぶのをやめようとする」というのがあるのですが、これについても、「劣っている」ということが理論立てられていないといっています。
彼女のデータでは、移民たちはもともと「劣っている」と思ってカナダに来たわけでなく、毎日を過ごす中で、「教育レベルが低い」とか「スキルがない」など移民に対するある意味マイナスの「社会的意味」を構築していくといっています。
また、別に自分たちが劣っていると感じていたとしても、全員英語を学ぶのをやめようとはしていない、と言っています。
language investment
また、これまでは言語学習のモチベーション、不安、自信などの情意的要因についての研究はありましたが、Nortonはもっと言語学習における社会的側面と個人の関係を考え直す必要があるといっていました。
Nortonはlanguage investment(投資)という用語を使って、女性たちの選択や、決断、行動などを説明していました。
具体的にはWeedon (1997)などのフェミニストポスト構造主義の文献を引用しながら、アイデンティティは1つではなく、また矛盾するものでもあり、アイデンティティがどう構築されているか、どう変わっていくのかを見ることが必要なのではといっていました。
また言語教育を社会的な実践としてみることの必要性も述べていました。
まとめ
とても読みやすくて、5人の女性のデータは物語としてもおもしろかったです。
また、全体的にNortonの社会正義感と人柄がうかがえる本でした。今Nortonはウガンダの英語教育(リテラシー向上)に携わっているそうですが、それもしっくり納得できる感じでした。