Kramsch (2012)の論文を読了。ポスト構造主義の立場からの研究です。

Applied Linguisticsという学術誌に載っていた以下の論文を読みました。

  • Kramsch, Claire. “Imposture: A late modern notion in poststructuralist SLA research.” Applied linguistics (2012): ams051.

Kramsch(2012)の Imposture: A Late Modern Notion in Poststructuralist SLA Researchを読みました。この前紹介したMcNamaraの論文と同じ号に掲載されていたものです。

これを読んで、ちょっと前の記事でKramschが主観性・アイデンティティの議論を分けた方がいっていた理由がもう少しわかったような気がしました。

Kramschによると、応用言語学のポスト構造主義(アイデンティティなどは普遍的なものではなく、ディスコースによってつくられているという考え方)に基づいている研究にも、モダニスト・ポストモダニストと2つの立場があると言っています。そして、同じデータでも、立場によって見方が変わるといっています。

Kramschは、Eva Hoffmanというポーランド出身でハーバード大で勉強した作家の例を出して説明していました。

HoffmanのLost in Translationという本の中で、彼女はアメリカ人っぽく話そうとし、実際アメリカ人っぽく話すのですが、本人の中ではそうしている自分に居心地の悪さを感じるというようなことを話しているそうです。
こういうデータに対して、モダニストのアプローチだと、社会的弱者に力を与えよう、Hoffmanの感じる居心地の悪さをなくそう、という方向に分析が向かうと言っています。

具体的な方法としては、「ネイティブ」「ノンネイティブ」のカテゴリーを問題視したり、Hoffmanの自分の中にある多様なアイデンティティに気づかせたりして、弱者が自ら気持ちよく過ごせるような方向にアイデンティティを再構築していくなどが含まれるのかなと思います。

ポストモダンの場合は、Hoffmanの感じる居心地の悪さをなくそうという方向には進まないそうです。ポーランド人の移民がハーバード大で勉強し、ハーバード大の卒業生っぽく話すと居心地の悪さを感じるのはどうしてなのか。どういったアメリカの影響力や、社会階級意識、学術面での野心的なものがそこには含まれているのかなど分析する方向に向かうといっています。

Kramschは、大きな人や知識、資本などの流れに疑問を抱き、他者の言語を通してでしか自己を表現することができないという自分の脆さと向き合わせることで、Hoffmanのような人を救うことができるのではと言っていました。

面白いことを言っているなと思うのですが、いまいち分かったようなわからなかったような気がします。彼女の使うimpostureの用語もなじみがないからか、正直よくわかりませんでした・・・。

でも、今までの研究のデータで、いくつか参加者の人が自分の悩みについて話しているものがあるのですが、そのデータを分析するときに、今までは結構私も「どうやったらこの悩みが解決するんだろうか」と思っていたのですが、「どうしてこのような悩みが生まれるのか、そこにはどういったパワーバランスが存在しているのか」などといった方向ではあまり考えてはいなかったので、参考にはなりました。

  • Kramsch, Claire. “The multilingual subject.” International Journal of Applied Linguistics 16.1 (2006): 97-110.