この記事では認知言語学の重要な概念である「概念メタファー」について例を出しながら説明します。
概念メタファーとは
認知言語学でいう「メタファー(比喩)」とは、文学技法として文章表現をわかりやすくするための比喩とは違います。
概念メタファーとは、ある概念領域を別の概念領域を通して理解するという認知の仕組みです。
特に、ある概念が直接把握しにくい場合に、別のよくわかっている概念を通して理解することが多いようです。
この記事では、例を見ながら考えてみたいと思います。
例1:抱える
籾山の『日本語研究のための認知言語学』では以下の例が紹介されています。
- 大きな荷物を抱えて歩くのは大変
- 不安を抱えて生きていく
①の「荷物を抱える」は自らが身体を通して直接触れることができる具体的なものです。
②の「不安を抱える」はどうでしょうか?こちらはかなり抽象的な言い方だと思います。不安というのは目に見えるものではありませんから、現実世界で、荷物のように両腕で「抱える」ということはできません。
抽象的な概念を理解するのは困難です。なので、「抱える」という身体を通して感じられる具体的な表現を、②の文のように「不安」という抽象的な概念にも転用することで、「不安」という直接把握しにくい概念を、理解できます。
このように、ある概念領域を別の概念領域を通して理解することを概念メタファーといいます。
「ジュースを飲む」という「飲む」という動詞が、「条件を飲む」「要求を呑む」というように「条件」「要求」などの抽象的概念にも使われるのも概念メタファーの例です。
例2:時間=金
レイコフ・ジョンソンの認知言語学の古典ともいえる『Metaphors We Live By』では、「時間」が「金」に例えられるといっています。
日本語でも「時間」についていうときに、「浪費」「稼ぐ」など「お金」に関する表現を使うことがあります。
- 多くの時間を費やす
- 時間を浪費する。
- 時間を稼ぐ
- 時間を失う
これも「時間」という、形がなく抽象的な概念を、「金」という具体的な概念を使って理解しているといえます。
例3:議論=戦争
レイコフ・ジョンソンの本では、その他の概念メタファーの例として「議論(argument)」がよく「戦争」に例えられるといっています。
日本語でも「議論」について話すときに、以下のように、議論の相手を「敵」とし、「争い」で使う表現を使うことがあります。
- 相手と意見を戦わせる
- 議論に勝つ/相手を打ち負かす
- 論陣を張る
こういったようにメタファーというのは広く日常に浸透しているものです。
まとめ
概念メタファーとは、ある概念領域を別の概念領域を通して理解するという認知の仕組みのことを指します。
概念メタファーという視点で考えると、日常の思考にもメタファーが深くかかわっているのがわかります。
なお、概念メタファーの例として提示されているものの中には、作為的に抽出されたものであったり、実際にはあまり使われていないものもあるようです。概念メタファーの使われ方について、コーパスを使って検証する試みもあるようです。(日本語ではダイグナンの『コーパスを活用した認知言語学』などがあります)
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- シネクドキ(堤喩)とメトノミー(換喩)の違いについて
- 古典的カテゴリー観、プロトタイプ理論、事例理論(exemplar theory)のカテゴリー観の違いついて
- ダイグナンの「コーパスを活用した認知言語学」を読了しました。
- 認知言語学者レイコフが概念メタファーを研究しはじめた理由
- 比喩の種類について(直喩・隠喩・諷喩・提喩・換喩・活喩)
- 概念メタファーの翻訳を言語学習に活用するというSidiropoulou and Tsapaki (2014)の論文を読みました。
- 認知言語学の第二言語教育への応用に関するBoers (2012)の講演を視聴しました。
参考にした本
- 籾山洋介. 日本語研究のための認知言語学. 研究社, 2014.
※とてもわかりやすく認知言語学の概念などを紹介していて、読みやすいです。
- Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors we live by. University of Chicago press, 2008.
※メタファー研究の嚆矢となった本です。
- ジョージレイコフ・マーク・ジョンソン「レトリック人生」大修館書店