ブラウン&レビンソンのポライトネス理論とその批判について

ブラウン&レビンソンのポライトネス理論

ポライトネス理論というのは、1987年にペネロピ・ブラウン(Penelope Brown)と, スティーヴン・C・レヴィンソン(Stephen C. Levinson)が『Politeness: Some universals in language usageの中で唱した理論で、語用論の分野で大きな影響を与え続けています。

ポライトネスとは?

ポライトネスとは日本語に直訳すると「丁寧さ」「礼儀正しさ」になってしまいます。

ただ、ポライトネス理論の「ポライトネス」とは日常的につかわれる「丁寧さ」の意味とは違い、会話を円滑にして、円満な対人関係を構築・維持するための言語の使用・行動のことを意味します。

人は、人と積極的にかかわったり、逆に人とあえて距離を置いたりして、お互いに配慮をしながらコミュニケーションをとっています。

こういったコミュニケーションは、公的な場やビジネスの場面だけでなく、家族・友達とかかわるときのインフォーマルな場でも見られます。

では、円滑な対人関係を築くために、人は具体的にどのような言語ストラテジーを使っているのでしょうか。

この円満な対人関係を保つための言語ストラテジーや行動を理論化したのがポライトネス理論です。

 

さらに、このポライトネス理論は、どの言語でも当てはまるという普遍性を持った理論として提唱されています。

つまり、「英語」や「日本語」といった言語特有なものではなく、人間の言語使用一般にみられるものと考えました。

フェイス

フェイスとは

ポライトネス理論で鍵となるのが「フェイス」という概念です。

ブラウン&レビンソンは、人は「フェイス(face)」というものを持っていると考えました。

Faceというと、「顔」や「面子」などと日本語では翻訳されますが、ブラウン&レビンソンのいう「フェイス」というのは、人間関係を築くときに見られる「基本的な欲求」という意味になります。

 

ポジティブフェイスとネガティブフェイス

フェイスには以下の2つの種類があります。

  • ポジティブ・フェイス:相手と積極的にかかわって、認められたいという欲求
  • ネガティブ・フェイス:ライベートを保ちたい、邪魔されたくない、ネガティブな印象を与えたくない、相手にずかずか土足で入ってきてほしくないという欲求

ポジティブフェイスは、相手と距離を縮めたいという欲求ネガティブフェイスは相手と距離を置きたいという欲求ですね。

この矛盾する欲求を人は持っています。

この2つのフェイスはだれしもが持っているものであり、時と場面によってどちらかのフェイスが強くなったり弱くなったりします。

例えば、ある時は、友達ともっと仲良くなるために、自分から積極的に「遊びに行こう」と誘ったりすることもあると思います。このときは、ポジティブ・フェイスが強くなっていると考えられます。

逆に、同じ友達から「遊びに行こう」と誘われたときに、自分が疲れていたりすると「面倒だな」「行きたくないな」と思うこともあるでしょう。これはネガティブフェイスが強くなっていると考えられます。

FTA(フェイス侵害行為:Face-threatening act)

人はだれしもこのポジティブ・フェイスとネガティブ・フェイスの2つを持っています。

ただ、相手のフェイス、つまり基本的欲求を常に尊重しているかというとそうではありません。

相手のフェイスを意識的・無意識的に脅かしてしまうこともあります。

この相手の「フェイス」を脅かす行為のことをFTA(フェイス侵害行為:Face-threatening act)と言います。

自分が親しくなりたいと思っていたので、積極的に話しかけていたら、誘いを断られたりして、なんとなく距離を置かれてしまったという経験がある人はいるのでは思います。これは、プライベートを保ちたい、邪魔されたくないという相手の「ネガティブ・フェイス」を脅かしてしまったと考えられます。

逆に、相手がなれなれしく話してきたら、ちょっと面倒になったり、イラっとしたりして、冷たい態度をとったことがある人もいるかと思います。この場合は、距離を縮めたいという相手の「ポジティブ・フェイス」を脅かしてしまったと考えられます。

人間関係を円滑にするためには、相手のフェイスを脅かさないように配慮する必要があります。

 

ポライトネス・ストラテジー

ポライトネス・ストラテジー

人間関係を円滑にするためには、相手のフェイスを脅かさないように(つまりFTAを避けるために)配慮する必要があるといいましたが、どうやってFTAを避けることができるのでしょうか。

FTAを避けるために、人はコミュニケーションをとる際に様々なストラテジーを用います。FTAに配慮したストラテジーをポライトネス・ストラテジーといいます。

ポライトネス・ストラテジーには以下2つがあります。

  • ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー:ポジティブ・フェイス(相手と積極的にかかわって、認められたいという欲求)を満たすための戦略
  • ネガティブ・ポライトネス・ストラテジー:ネガティブ・フェイス(邪魔されたくない、ネガティブな印象を与えたくないという欲求)を満たすための戦略

 

ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー

ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーは、相手のポジティブ・フェイスに配慮したストラテジーです。

ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーには、褒める、同意する、共感する、敬意を示すなどがあります。

他にも以下のような戦略があります。

  • 「わー、すごいね!」と大げさに物事をいう
  • 冗談を言う
  • 仲間意識を表すような言葉を使う
  • 相手との意見の相違を避ける

こういう戦略を使うことで、「積極的にかかわりたい、認められたい、褒められたい」という相手の欲求を満たすことができます。

 

ネガティブ・ポライトネス・ストラテジー

ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーは、相手のネガティブ・フェイスに配慮したストラテジーです。

例えば、あまり親しくない目上の人に何かを頼まなければならなくなったとします。

ただでさえ親しくないから距離があるにもかかわらず、「頼む」という行為は相手の「邪魔されたくない」というネガティブ・フェイスを脅かす行為になってしまいます。

そんなときは、何らかの手段でできる限り相手のフェイスを配慮しなければなりません。

ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーには、以下のような例があります。

  • 「忙しいときに申し訳ないですが」という一言を入れる
  • お願いするときに「ーしてください」でなく「-してくれますか?」と疑問形を使う
  • 間接的な表現を使う
  • 敬語や「です/ます」の丁寧体を使う

「忙しいとときに申し訳ないですが」など一言いうことで、これから、相手のネガティブ・フェイスを脅かすことを予告することになります。このように予告することで、相手の「邪魔されたくない」という欲求への配慮を示すことができます。

また、お願いするときに、「ください」ではなく「してくれますか」と疑問形を使うことで、相手に断る選択肢を与えることもできます。これも相手の「邪魔されたくない」という欲求に配慮していると言えます。

なお、敬語や丁寧体を使うことは、相手と距離を置くことになるので、ネガティブ・ポライトネスストラテジーの例に挙げられています。

ポライトネス理論に対する批判

ポライトネス理論への批判 ―理論の普遍性

ポライトネス理論は語用論の分野では非常に影響力がある理論ですが、様々な視点から批判もされています。

ポライトネス理論の批判でよくあるのが、その普遍性に関するものです。

ポライトネス理論は、非西洋言語には当てはまらないのではないかというものがあります。

ポライトネス理論はあくまで個人がとるストラテジーに注目しています。ただ、井出(Ide 1989等)では、日本語には「わきまえ」という考えがあり、わきまえは個人のストラテジーというよりも、社会で求められているものだと指摘されています。

井出は、2006年に『わきまえの語用論(大修館書店)』という日本語の本も出版しています。

ポスト構造主義・社会構築主義からの批判

ポスト構造主義や社会構築主義の立場からの批判もされています(Kasper 2006)。

ポライトネス理論では、人間関係(相手との親疎関係)や場のフォーマルさなどのコンテクスト(文脈・状況)というのを固定的にとらえがちであると指摘されています(例えば、友達だと「親しい間柄」、上司だと「上の立場、距離がある」など)(Kasper 2006)。

ただ、最近の研究では、そういう人間関係や場のフォーマルさなどといったコンテクスト(文脈・状況)といったものは、会話の外にある、変わらないものではなくて、相手と関わる中で構築されていき、どんどん変わっていくものだと言われています。

例えば、ポライトネス理論によると、「敬語を使う」というのはネガティブ・ポライトネス・ストラテジーに入っています。学生が教授と話すとき、2人の関係は上下関係にあるので、学生は敬語などのストラテジーを使って、相手のフェイスを守ろう(つまり相手に迷惑を掛けないようにしよう、相手の領域に踏み込まないようにしよう)というストラテジーをとると説明できます。

ただ、実際の会話を見てみると、学生は教授と話すときに、常に敬語を使っているわけではなくて、自分の意見に自信を持っているときには敬語を使わずに話したり、「です」「ます」を使わず途中で文を終わらせたりしていることも多いです(Cook 2006)。

これは相手との「上下関係」だけでは説明できない、もっと様々なことが、その場その場の状況に合わせて起こっているといえます。ポライトネス理論では、このような実際の会話のダイナミックさを捉えづらいと指摘されています。

まとめ&ご興味のある方は

ポライトネス理論とその批判について簡単に紹介しました。まとめると以下のようになります。

  • ポライトネス理論は、円満な対人関係を保つための言語ストラテジーや行動を理論化ものである。
  • 人間は基本的欲求として、相手と距離を縮めたいというポジティブ・フェイスと、相手と距離を置きたいというネガティブ・フェイスを持っている。
  • 相手のフェイスに配慮したストラテジーのことを、ポライトネス・ストラテジーという。
  • ポライトネス理論については、様々な批判もされている。

ポライトネス理論にご興味のある方は、以下の書籍があります。

これは1987年のブラウン&レビンソンのポライトネス理論の原書です。ポライトネス理論を研究したい場合などは、この原書にあたるといいと思います。

日本語訳も出ています。

 

また、ポライトネス理論について、日本語でわかりやすく説明したものとしては以下の滝浦の本があります。

滝浦はポライトネス関係で日本語で複数執筆しています。

 

以下の本は語用論の入門書ですが、ポライトネス理論についても触れられています。他の語用論の理論と合わせてポライトネス理論を知りたい人にはいいと思います。

 

ご興味のある方は以下の記事もご覧ください(メモのような記事も多いので、読みづらいものも多いと思います。申し訳ありません)。