メトロリンガリズムについて
以前から、メトロリンガリズムについて何度か記事にしました。
- メトロリンガリズムについての尾辻(2011)の日本語の論文を読みました。
- メトロリンガリズム(metrolingualism)に関するOtsuji and Pennycook (2010)の論文を読みました。
- Linguistic Ethnography Forumのmetrolingualismに関するE-seminarが開催されていました①
- Linguistic Ethnography Forumのmetrolingualismに関するE-seminarが開催されていました②
今回、以下の論文がかなりわかりやすかったので、まとめてみます。
- 尾辻恵美. “メトロリンガリズムとアイデンティティ: 複数同時活動と場のレパートリーの視点から (特集 アイデンティティ研究の新展開).” ことばと社会: 多言語社会研究 18 (2016): 11-34.
ちなみにこの本は最近のアイデンティティ研究をまとめた本で、アイデンティティは所与のものではなく、その場面場面で生起し、構築(再構築)されていくものとして捉えているようです。
メトロリンガリズとは
メトロリンガリズムの特徴
メトロリンガリズムは、ことばの多様性を複数の「言語」の集まりではなく、1つの有機的な複合体として捉えている点はpolylingualism, translanguagingなどと似ています。
ただ、メトロリンガリズムの特徴は、メトロ(都市)という接頭辞にもあるように、「ことば」そのものではなく、「場」とことばの関係に焦点をあてているところです。(p. 16)
また、メトロリンガリズムは、複数同時活動(Metrolingual Multitasking)と、場のレパートリーという概念も提示している
複数同時活動(Metrolingual Multitasking)
複数同時活動というのは、「生態環境的な様々な資源を駆使して、またそれらの資源と複合的に複数の活動に従事していること」だそうです(p. 19)。
以下は私の理解した範囲ですが、基本的に人は、自分と他者、状況に合わせて話し方・行動を変えています。
例えば、赤ちゃんと話すときは、使う語彙・話し方も自然に変わっていきます。状況によっても話すことばというのも変わっていきます。
うるさい場所だと自然と大きな声になるでしょうし、東京にいたとすると東京に関する話題も自然と増えるでしょう。
メトロリンガリズムの立場に立つと、ことばというのは、その場において他者とその状況にある資源をすりあわせながら、会話していく中でうまれていくもののようです。
また、複数同時活動というのは、人は自分の持っている言語・その他の資源を駆使して同時に様々なことをしているということだと理解しました。
例えば、家で赤ちゃんをあやしているという例で考えてみます。この場合、赤ちゃん言葉という言語資源やおもちゃという物的資源を使って赤ちゃんをあやしつつ、家事もしつつ、宅配物が届けばフォーマルな言語資源を駆使して郵便物を受け取り、友達からメールが届けば、スマホを使ってカジュアルな言語資源を使って答え・・という風に、自分の持っているリソースを使って、同時に複数の活動をしているということかなと思います。
場のレパートリー
場のレパートリーというのは、「個と他の会話の参加者のレパートリーのみならず、その場にある種々の資源を擦り合わせながら複数同時活動する中で生まれる場の資源の総体」(p. 26)だそうです。
上記の赤ちゃんをあやしている例でいうと、「赤ちゃんことば」といったような言語資源や、「おもちゃ」「郵便物」「スマホ」などなど、その場、その場で生じてくる物的・言語的・その他すべての資源の総体のことを「場のレパートリー」というと理解しました。
メトロリンガリズムとアイデンティティ
上記の本では、メトロリンガリズムの立場からのアイデンティティについてのべていました。
具体的には、Block (2013)のintersectionality of identity(アイデンティティの交差点)と、アフォーダンスという概念を結びつけて、「様々な人、物、ことば、歴史、社会文化、経済的資源(それが制限ともなる)の交差もしくは集まるところで、アイデンティティの形成が実現可能な状態が満たされるアフォーダンス」といっていました。
Blockのintersectionality of identityについては機会があれば書ければと思います。