この以下の本の中にあるDu BoisのThe stance triangleを読みました。
- Du Bois, John W. “The stance triangle.” Stance taking in discourse: Subjectivity evaluation interaction, ed. by Robert Englebretson, 139-182.” (2007).
スタンスは日本語では「立場」になるでしょうか。Ochsの論文でも、話し手の認識的立場や情意的立場などがどういう語彙を使っているかなどでわかると言っていました。
Du Boisは、スタンスをただの個人の意見・態度と捉えることは問題だと言っています。
例えば
「あいつはすごい」
とだけいっても、これだけだと、いったい何について話しているのか、どのぐらいすごいと思っているのかなど分かりづらく判断できません。
Du Boisは、「スタンスを示しているのは誰か」「何に対してスタンスをとっているのか」「誰のスタンスに対して答えているのか」などの文脈が常にあるはずで、こういった文脈を考えなければいけないといっています。
Du Boisによると、スタンスというのは、以下の同時に3つのスタンスを示す行為だそうです。
①ある主体(subject)がある対象(object)(状況・事柄等)について評価する、②ある対象(状況・事柄等)に対して主体(普通は自己)を位置づける、③相手との関係性を決める(相手に合わせる/合わせないか、どのぐらい合わせる/合わせないか)。
そして、これは三角関係にあるようです。
(Du Bois (2007) The stance triangle. In Robert Englebretson (Ed.), Stancetaking in discourse: subjectivity, evaluation, interaction (pp. 139–182). Amsterdam; Philadelphia: John Benjamins.のp.163から転載)
上の図だと、ある主体1(subject 1)がある対象(object)について評価し(上記の①)、またある対象に対して自己を位置づける(②)。また、別の主体2(Subject 2)も同じことをします(①②)。それと同時に主体1と主体2の間には、相手に合わせる・合わせない等の関係(③)もでてくるとのことです。
これだけだと分かりづらいので、例を使って考えてみます。例えば、上の「あいつはすごいよ」をちょっと以下のように文脈においてみます。
例えば
A:「マー君はすごいよね」
B:「あいつはすごいよ」
こういったときに、主体Aは、マー君という対象について「すごい」という評価を下しており(上記の①)、マー君に対して自分を位置づけている(「すごいと思う立場」)(②)ことになります。
主体Bも主体Aと同じ立場です(①②)が、マー君という対象だけじゃなくて、主体Aにも態度・意見を合わせている(③)ともいえます。(Bが使っている文法・語彙もAに似ています)
こういったことがスタンスをとるときには同時に起こっているといえます。
Du Boisによると、主体と対象の関係はsubjectivity(主観性)に関するもので、主体と主体の関係はintersubjectivity(自分の主観性と他者の主観性との関係)に関するものだと言っています。
読んだばかりなのでちゃんと理解してるか分からないですし、あまり咀嚼できてない気もしますが、ちょっと前の記事でsubjectivityの他者との関係について疑問に思っていたので、こうやって議論されていることを知ってうれしかったです。