The Grammar of Choice
この本のLarsen-Freemanの「The Grammar of Choice」というチャプターを読みました。2009年に1回読んでいるのですが、改めて読むと新しい発見もありおもしろかったです。
- Larsen-Freeman, D.(2002)’The Grammar of Choice’, in E. Hinkel and S. Fotos (eds) New Perspectives on Grammar Teaching in Second Language Classrooms. Mahwah, NJ: Erlbaum, pp. 103–18.
Larsen-Freemanは文法教育や最近はComplex systemsという分野で精力的に出版している学者です。
まだ読んでないのですが、彼女の有名な文法教育の本の1つに「Teaching Language from Grammar to Grammaring」というのがあります。
- Larsen-Freeman, Diane. Teaching language: From grammar to grammaring. Heinle & Heinle Pub, 2003.
Grammaringとは
彼女は、文法というのは動詞の活用やルールを学ぶだけでなく、それをどう使うかも含めて文法だと言っています。
文法は正確さ(accuracy)に焦点が置かれがちですが、それだけでなく、有意義に(meaningful)適切に(appropriate)使うことも文法の不可欠な部分であり、文法構造を正確に(accurately)、有意義に(meaningfully)、適切に(appropriately)使う力を「grammaring」といっています。
今回私が読み直した論文はその先駆けになるもので、「Grammaring」という言葉は使っていませんが、「Grammar of Choice」という言葉を使い、文法はルールを学ぶだけではなく、文法構造を選択して使うことが大切なんだと、例を述べながら説明しています。
「文法構造を選択・・・といってもどういうこと??」・・・と思う人のために、彼女はattitude(態度)、power(パワー)、identity(アイデンティティ)の3つのカテゴリーに基づいて分かりやすく説明しています。以下少しですが紹介します。
①attitude
まず、彼女はある文法構造を選択することで、心理的距離や相手に対する評価、ポライトネス(丁寧さ)等を表すことができると言っています。
これはLarsen-Freeman の例です(p.108)。
Anne: Jane just bought a Volvo.
John: Maureen has one.
Anne: John, you’ve got to quit talking about Maureen as if you were still going together.[…]
アンが「ジェーンがボルボを買ったよ」と言って、ジョンが「モーリーン(=ジョンの昔の彼女)も持ってるよ」と言います。するとアンは、「もう、まだ付き合っているみたいにモーリーンのことを話すのをやめなよ」といいます。
このとき、Johnには「Maureen had one」と過去形を使うという選択肢もあったはずですが、Johnは現在形を使いました。これが、Johnの行った文法の選択肢で、これはモーリーンとの心理的な距離感(「まだ忘れられない」)を表しているとLarsen-Freemanはいっています。
②power
次に彼女は文法構造の選択肢により、パワーバランスが示されるとも言っています。
例えば、Larsen-Freeman(p.111)はStubbs (1990, Batstone [1995]で引用)を引用して、南アフリカの新聞では、ネルソンマンデラ解放関連のニュースを報道する時に、黒人を主語の位置にもってきて、黒人がその行動の主体であるかのように報道することが多かったといっています。一例は以下のとおりです。
“Jubilant Blacks clashed with police…”
「歓喜した黒人は警察と衝突した。」
同じ内容でも、「警察は歓喜した黒人と衝突した」とでは、受ける印象が違います。
この場合も、書き手には、誰を主語に置くか「選択肢」があったといえます。
ちなみに日本語の例だと、昔読んだ「メディアとことば2」の中の高橋の論文で、クローズアップ現代の報道が「援助する側である私達日本」の視点でなされていると、実際に報道で使われている言葉を通して分析していましたが、それもこのpowerに関係する例だと思います。
- 三宅和子,岡本能里子,佐藤彰編(2005)『メディアと ことば2』ひつじ書房
③Identity
最後に、彼女は、ある文法構造を選択することで、パーソナリティや年齢や、出身等のアイデンティティが示されると言っています。
Larsen-Freeman(p.114)の例だと、
「Someone graduates from high school」というと年寄りに聞こえ、若者は「Someone graduates high school」とfromを使わないそうです。(知らなかった!)
日本語でも方言を使うと出身地が分かったりとか、若者言葉を使うと若者っぽく聞こえるとか言うことがあると思います。
このような例を通して、文法には「1つの正しい答え」があるのではなくて、「選択肢」があるんだ、その選択肢をどのように有意義に適切に使っていくかという点も文法の大切な要素の1つだ、と彼女は述べています。
この前も書いた、言語のindexicalityや、Kramschのsymbolic formsの役割②とも関係していると思いました。
共通するのは、言語は「何をいうか」という内容だけでなく、「どういうか」「どのことばを使うか」「どの文法構造を使うか」というのも大切になってきて、これが密接に自分の立場、関係性、相手に与える印象などにも影響を及ぼすということだと思います。ただ、言語教育では後者の役割にはあまり注目されていないということだと思います。