トランスランゲージング教育論:目的と3つの綱(スタンス、デザイン、シフト)について

この記事では、トランスランゲージング教育論について、『トランスランゲージング・クラスルーム―子どもたちの複数言語を活用した学校教師の実践』(ガルシア他著)をもとに、その目的と教育論を構成する3つの綱(スタンス、デザイン、シフト)を紹介します。

なお、この教育論のもととなるトランスランゲージング(translanguaging)については、『Translanguagingとは何か?Bilingualismとの違いは?』をご覧ください。

なお、上記の本は、アメリカにおける、母語が英語でない児童生徒やスペイン語・英語のバイリンガルの生徒への教育を念頭に書かれたものです。ただ、日本や他の地域でも参考になる内容です。(日本語訳が出たのも、日本語が母語でない児童生徒が増えているという背景があるからです。)

トランスランゲージング教育論の目的

トランスランゲージング教育論の前提として、トランスランゲージングがバイリンガル(マルチリンガル)の児童生徒の教育を成功させる鍵であるというものがあります。

バイリンガル(マルチリンガル)の児童生徒は、複数の言語を使って生活をしています。ただ、バイリンガル教育の学校等に行かない限り、学校ではその地域の言語(日本の場合は「日本語」、アメリカの場合は「英語」など)で教科を学ぶことになります。

児童生徒の母語などの言語リソースや、日々の言語実践を活用することで、生徒の力を伸ばし、自己肯定感を育めるというのがトランスランゲージング教育論の考え方です。

トランスランゲージング教育論は目的を持った戦略的なもので、以下の4つを目的としてあげています(ガルシア他, 2024, p. 17)。

1.児童生徒が複雑な教科学習内容やテクストを理解できるようにサポートする。

2.児童生徒が学びの場 [academic context]での言語実践を身につける機会を提供する。

3. 児童生徒のバイリンガリズムと知の方法 [ways of knowing]のための特別な場を作る。

4. 児童生徒のバイリンガル・アイデンティティと社会的情動 [socio-emotional]の発達を支援する。

以下、この4つの目的について簡単に説明します。

(※クラス例は、本全体に記載されていたもので関係すると思った箇所を抜き出しています。)

1. 教科学習内容やテクストが理解できるようにサポート

学校言語と家庭の言語が違う場合、そもそも学校の教科学習内容やテクストが理解できない場合があります。

こういった場合、学校言語の運用能力が原因で、教科内容についていけなくなってしまう可能性もあります。

トランスランゲージング教育論では、全員が複雑な内容やテクストを理解できるよう、母語等の生徒のリソースを使ってサポートすることを目的としています。

具体的なクラスの例としては、バイリンガルのテクストを用意したり、積極的に翻訳アプリを使ったり、グループ分けを工夫するなどが挙げられていました。

2. 学びの場での言語実践を身につける機会の提供

トランスランゲージング教育論では、その学びの場で必要となる言語実践を身につけることも大切にしています。

日本の学校に通う児童生徒の場合だと、日本語の読み書きや発表スキルなどが、学びを進めていく上で必要になります。トランスランゲージング教育論では、児童生徒の言語リソースを大切にしつつ、その児童生徒がおかれた学びの場で必要とされる言語実践もしっかり学ばせることを重視しています。

3. バイリンガリズムと知の方法 [ways of knowing]のための特別な場の創設

バイリンガル(マルチリンガル)の児童生徒は、一言語で学ぶわけではなく、バイリンガル(マルチリンガル)で学んでいます。なので、トランスランゲージング教育論では、バイリンガル(マルチリンガル)的な言語理解を規範とするような新しい教室を作ることが重要だと述べています。

例えば、日本の学校では、英語等の言語クラスを除き、ほとんどの科目を日本語で学ぶのが一般的です。ただ、バイリンガル(マルチリンガル)の児童生徒は、日本語以外の言語リソースも持っているので、日本語と児童生徒の言語リソースをつなぐような時間を設けることも述べています。

具体的なクラス例として、二言語を比較する活動や、バイリンガル絵本を読んだりといった活動などが挙げられていました。

4. バイリンガル・アイデンティティと社会的情動 [socio-emotional]の発達を支援

トランスランゲージング教育論は、バイリンガル・アイデンティティと社会的情動(感情のコントロールや他者との協働力などの非認知スキル)の支援も目的としています。

いわゆる「ネイティブスピーカー」とは異なる言語実践をしている児童生徒は、教室での学習に困難を覚えたり、疎外感を抱くことも少なくないといいます(ガルシア他, 2024, p. 64)。

児童生徒が、「日本語ができない」「英語ができない」というようなマイナスの視点(欠陥レンズ)で自分自身を見るのでなく、自分のバイリンガル(マルチリンガル)を価値のあるものとみられるようなバイリンガル・アイデンティティを育む大切さを述べています。

トランスランゲージング教育論の3つの網

トランスランゲージング教育論をするにあたっては、TLスタンス、TLデザイン、TLシフトが大切になるといっています。この3つはロープの紐のように互いに結び合っているものです。(TLはトランスランゲージングの略です。)

教師はTLスタンスを持ち、TLデザインを構築し、TLシフトを行う必要があるといっています。(ガルシア他, 2024, p. 89

TLスタンス

TLスタンスというのは、教師の姿勢・ビリーフに関わるものです。

トランスランゲージング教育論に基づくと、教師は、「XXができない」というようなマイナスの視点(欠陥レンズ)で生徒を見るのではなく、言語の持つ言語リソース全体を捉える視点を持つ必要があります。

例えば、日本の学校の場合、「日本語ができない」という視点で、母語が日本語でない児童生徒を見るのではなく、その児童生徒の言語リソースとしては「ポルトガル語」「英語」「日本語」があり、これらを総体として学校の学びに生かしていこうと考える視点が大切になります。

また、「Juntos(スペイン語で「一緒に」という意味)」の視点を持ち、家庭や地域社会と連携する姿勢や、教師と生徒がともに学ぼうとする姿勢を持つことも大切と述べています。

TLデザイン

TLデザインというのは、実際に授業の構築に関するものです。

TLデザインというのは、指導のためのTLデザインと、アセスメントのためのTLデザインに分かれます。

どちらにおいてもトランスランゲージング教育論で大切になるのは、GLP(言語総合パフォーマンス)とLSP(言語固有パフォーマンス)を区別して考えることです。

GLP(言語総合パフォーマンス)というのは、児童生徒が自分の持っている言語資源すべてを使ってできるパフォーマンスです。

LSP(言語固有パフォーマンス)というのは、「日本語」「英語」といったように、ある言語でのパフォーマンスになります。「日本語」なら「日本語」といったように、基本はそこの国・地域の学びの場で必要とされる言語であることが多いです。

例えば、ポルトガルが母語で、日本語はまだ日常会話程度という児童生徒の場合、母語のポルトガル語を使用することで、日本語で書かれた複雑なテクストを理解し、自分の考えをまとめることはできるかもしれません。自分の言語資源をすべて使ってできることがGLPになります。

ただ、その生徒の場合、日本語はまだ日常会話なので、日本語で複雑なことを書くのは難しく、簡単な文のみ書ける可能性があります。日本語のLSPは「簡単な文を書ける」ということになります。

この2つを区別することで、それぞれの到達目標を設定し、授業をデザイン・評価しながら、両方を伸ばしていくことができます。

単元計画を考える際に役立つテンプレートやアセスメントツールも紹介されていました。

TLシフト

TLシフトとは、教師が教室で行うその時々の決定のことを指します。

トランスランゲージング教育論では、実際に授業をデザインしても、クラスの児童生徒の反応に応じて、教師は柔軟に対応する必要があると考えます。

教師自身や児童生徒の言語使用を変えたり、授業内容を柔軟に変えて、対応していくことが求められます。

まとめ&ご興味のある方は

本記事ではトランスランゲージング教育論について簡単に紹介しました。

まとめると以下のようになります。

  • トランスランゲージング教育論は、トランスランゲージングがバイリンガル(マルチリンガル)の児童生徒の教育を成功させる鍵であると考えている。
  • トランスランゲージング教育論は戦略的なもので、児童生徒の教科学習をサポートし、バイリンガル・アイデンティティを育むことなどを目的としている。
  • 教師はTLスタンスを持ち、TLデザインを構築し、TLシフトを行う必要がある。
  • TLデザインの際は、GLP(言語総合パフォーマンス)とLSP(言語固有パフォーマンス)を分けて考えることが必要となる。

ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。

参考文献

今回参考にした書籍です。脚注で用語を丁寧に説明してくれているので読みやすいです。

こちらが原文になります。