テンスとは?
この記事では、テンス(時制)について説明します。
テンスというのは、時間を示す文法カテゴリーです。日本語では時制といいます。
時間を示すというのは、基準点をもとに、ある出来事が
- その基準点の時点で起こっているか(現在)
- その基準点より前に起こったか(過去)
- その基準点より後に起こるか(未来)
を示すものです。
テンスは、以下のように、「現在」「過去」「未来」に分けることができます。
過去 → 基準点(現在) → 未来
言語による違い
テンスの示し方は言語によって違います。
日本語だと「ある/あった」「食べる/食べた」「歩く/歩いた」というように、「ル形」「タ形」を使ってテンスを示します。
(「歩く」のように「ル」で終わらないものも多いのですが、過去形の「タ形」と対立するものは「ル形」と呼ばれます。)
「ル形」は現在と未来を、「タ形」は過去を示します。
「ル形」のことを非過去形、「タ形」を過去形ということもあります。
英語だと、「is/was」「eat/ate」「walk/walked」のように、時制は基本は動詞の活用で示します。
中国語は、テンスを持たない言語と言われています。もちろん、中国語でも、「昨天(昨日)」「明天(明日)」という語彙や、「吃了(食べた)」のように完了の「了」を使って過去や未来を表すことはできます。
ただ、日本語の「ル形/タ形」や、英語の動詞の活用のような文法形式の対立はありません。
絶対時制と相対時制
絶対時制
時制は絶対時制と相対時制に分けられます。
絶対時制は、発話している時点(「今」)を基準点とする場合です。
- 今からご飯を食べる。
- 1時間前に、ご飯を食べた。
①の文は、「今からご飯を食べる。」という発話をした時点より、未来に起こる出来事について話しています。
②の文は、「1時間前に、ご飯を食べた。」という発話をした時点より、過去に起こった出来事について話しています。
いずれも、基準点は「発話の時点」ですので、絶対時制になります。
相対時制
相対時制は、発話の時点以外を基準点とする場合です。
以下の例を見てください。
- ご飯を食べるとき、「いただきます」と言います。
- ?ご飯を食べたとき、「いただきます」と言います。
②の文は少し不自然に感じる人が多いのではないでしょうか。
なぜなら、日本語の複文の従属節は相対時制だからです。
①の文も②の文も、「ご飯を食べる/食べたとき」という従属節の基準点は、発話時ではなく、「いただきます」と言う時点です。
つまり、①の文の「食べる」の場合は、基準点(=「いただきます」と言う時点)より後(未来)に「ご飯を食べる」という動作が起こることになります。
「いただきます」と言う (基準点) → ご飯を食べる (未来)
普通、「いただきます」と言った後で、ご飯を食べますね。
一方、②の文の「食べた」の場合は、基準点(=「いただきます」と言う時点)より前(過去)に「ご飯を食べた」という動作が起こったことになってしまいます。
ご飯を食べた(過去) → 「いただきます」と言う (基準点)
「ご飯を食べた」後で、「いただきます」というのは変ですね。
なので、少し②の文は不自然になってしまうということです。
英語では、「When I eat my meal, I say “Itadakimasu”」とどちらも同じ訳になります。
英語の場合は、時制の一致があって、複文の従属節でも、基本は絶対時制を使います。
(英語も過去完了形(例:「she had left when I got there」)の場合など、複文で相対時制が使われることもあります)
日本語の相対時制:学習者にとっての難しさ
なお、日本語学習者の中には、日本語の複文の従属節の相対時制が難しいと感じる人が多いようです。
あまりに困っている学習者がいた場合、「ル形」の場合は「before」、「タ形」の場合は「after」で考えるといいよなどいうこともあります。
- ご飯を食べるとき、「いただきます」と言います。(Before I eat my meal, I say “itadakimasu”)
- ?ご飯を食べたとき、「いただきます」と言います。(After I eat my meal, I say “itadakimasu”)
こう説明すると、納得してもらえることが多いです。
日本語の相対時制:小説などでの使用
日本語の相対時制は、複文の従属節だけでなく、小説などでもよく見られます。
以下は、大沢在昌『新宿鮫~新宿鮫1 新装版~ (光文社文庫)』からの抜粋ですが、赤字部分を見てください。
鮫島は走り出した。車輛はホームに入りかけている。
切符を買う余裕はなかった。ジーンズのヒップポケットから警察手帳をひきぬき、改札の駅員に見せて、階段を駆けあがる。
電車はホームで停止し、扉を開いたところだった。飛び乗った直後に扉が閉まった。
「ル形」と「タ形」が入り混ざっているのがわかると思います。
これは絶対時制という観点でいうと、すべて過去に起こったことです。絶対時制を使うなら、すべて「タ形」になるはずです。
なので、一部で相対時制が取り入れられていると考えられます。例えば、一文目の「入りかけている」というのは、「走り出した」という基準点より後(未来)に起こることという意味に捉えられます。
日本語の小説では、過去に起こった出来事であっても、臨場感を出すために、行動描写に「ル形」を用いることがよくあります。
また、状況や情景描写に「ル形」を用いることもあります。
まとめ&ご興味のある方は
この記事ではテンスについて説明しました。まとめると以下のようになります。
- テンスというのは、時間を示す文法カテゴリーのことをいう。
- テンスの表し方は言語によって違う。日本語は基本「ル形/タ形」で表す。
- 絶対時制は発話時点を基準にした時制のこと。相対時制は発話時点以外の基準点をもとにした時制のこと。
- 日本語で相対時制は、複文の従属節などに見られる。
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
日本語のテンス(やそれに関連するアスペクト・モダリティ)などについて学びたい方は、以下の入門書が分かりやすいと思います。
入門書ですが比較的詳しく説明してあります。
日本語のテンスについてご興味のある方は、専門書になりますが以下のような文献もあります。
アスペクト・テンスについて、日本語研究・歴史的研究・対照研究の3つの観点から多角的にアプローチしている論文集です。
上下2巻になっており、1巻目が「ル形」について、第2巻が「テイル形」「タ形」を扱っています。