年少者向けのバイリンガル・マルチリンガルプログラムの種類
一口にバイリンガル・マルチリンガルプログラムといっても、どの言語を扱うか、どの生徒を対象にするのか、どのレベルを目標としているのかなど様々です。
この記事では、年少者向けのバイリンガル・マルチリンガルプログラムの種類として、3つをご紹介します。
- ウィーク・バイリンガル・プログラム(weak bilingual programmes)
- ストロング・バイリンガル・プログラム(strong bilingual programmes)
- その他(CLILなど)
なお、今回の説明はすべてBernstein and Hamman-Ortiz (2022)の論文に拠っています。
もしご興味のある方は、原文をご参照ください(末尾の参考文献に詳しい情報を掲載しています。)
今回扱うバイリンガル・マルチリンガルプログラムは、以下の2つの基準を満たすプログラムです。
- 教師・生徒の両方が、2つ以上の言語を使う。
- 言語のみならず、教科を教えるために、2つ以上の言語が使われる。
また、家庭で行うバイリンガル・マルチリンガル教育ではなく、教育機関が行うものです。
ウィーク・バイリンガル・プログラム(weak bilingual programmes)
ウィーク・バイリンガル・プログラムとは
1つ目は、ウィーク・バイリンガル・プログラム(weak bilingual programmes)です。
これは、基本は、その社会のマイノリティ言語を話す家庭の生徒向けのプログラムです。
アメリカの場合だと、家庭ではスペイン語や中国語、日本語などを話していて、英語は家庭で使っていないという生徒向けです。
このウィーク・バイリンガル・プログラムの目的は、プログラムを通して、その社会で使用されているマジョリティの言語への移行をサポートすることです。
このため、transitional bilingual education (TBE)(移行バイリンガル教育)やearly exit bilingual programmes(早期終了バイリンガルプログラム)といわれたりします。
このプログラムに入る生徒は、最初はマジョリティ言語の能力が十分ではありません。なので、最初は母語で教科指導を行います。
アメリカのスペイン語母語話者向けのプログラムだと、幼稚園~小学校低学年ぐらいまでは多くの教科をスペイン語を使って学びますが、その後は英語を使って学ぶようになるようです。
中国の少数民族集住地域などでは、初等教育の最初は少数言語でいくつかの教科を学びますが、徐々に普通話(中国標準語)に移行するというプログラムもあるそうです。
利点と問題点
バイリンガルといってもいろいろな種類があります(詳しくは「バイリンガリズムの概念:同時性・後続性・加算的・減算的バイリンガリズムについて」をご覧ください)
ウィーク・バイリンガル・プログラムの場合、結果として、「減算的バイリンガリズム(subtractive bilingualism)」という、第二言語を習得する中で、第一言語(母語)を一部または全部喪失してしまう状態になる可能性が高いことが考えられます。
母語の能力が伸びない場合、後々になって子どものアイデンティティ上も葛藤を抱えるケースも多くなります。
ただ、ウィーク・バイリンガル・プログラムも、最初からマジョリティ言語のみを話す学校に入って、ほとんど母語のサポートも得られない場合よりはいいと考えられます。
このプログラムの間、その社会のマジョリティ言語を学びつつ、母語で教科を学ぶわけですから、子どもの認知的な発達を期待することができます。母語も、何のサポートもないよりは、発達するでしょう。
ストロング・バイリンガル・プログラム(strong bilingual programmes)
ストロング・バイリンガル・プログラムとは
2つ目は、ストロング・バイリンガル・プログラム(strong bilingual programmes)です。
これは、その社会のマイノリティ言語の家庭・マジョリティ言語の家庭の子どものどちらも対象になります。
目的は、加算的バイリンガリズム(additive bilingualism)といって、どちらかの言語を喪失することなく、両言語の発達を目指すものです。
だいたい、5~6年の期間にわたって、どちらの言語も学びます。late exit bilingual program(後期終了バイリンガルプログラム)ともいわれます。
ワンウェイ・イマージョン(one-way immersion)
有名なのは、習得したい言語を語学のクラスで学ぶのではなく、その言語を使って教科を学ぶイマージョンプログラムですね。
ワンウェイ・イマージョン(one-way immersion)というのは、母語が同じ生徒を集め、母語・第二言語を教科で学ぶというものです。基本は、マジョリティの言語を話す家庭の子ども向けです。
英語圏のカナダのフランス語のワンウェイ・イマージョン教育では、英語母語話者の子どもが、英語・フランス語で教科を受けます。
マジョリティ言語・第二言語の両方で教科を学び、初等教育終了時にはどちらもできるようになることを目指します。
ツーウェイ・イマージョン(two-way immersion)
ツーウェイ・イマージョン(two-way immersion)は、マジョリティ言語の家庭・マイノリティ言語の家庭の子どもが一緒に学ぶものです。
どの言語をどの程度使うかという教科言語の割合は様々ですが、一緒に学んでどの学生の力も伸ばすことを目的とします。
例としては、スペインのバスク語・スペイン語のイマージョン教育などがあります。
また、ツーウェイ・イマージョン(two-way immersion)の場合は、マジョリティ言語の家庭の生徒の数が多くなってしまい、マイノリティ言語の家庭の子どものニーズにこたえられないというようなこともあるようです。
継承語プログラム(heritage language programmes)
継承語プログラム(heritage langugage programmes)というのは、マイノリティ言語の家庭の生徒向けに行われています。
マジョリティ言語・マイノリティ言語のどちらの言語でも学び、母語を保持しながら、どちらの言語も発達することを目的にしています。
継承語プログラムでは、一つの教育機関内で2つの言語を学べるというものですね。
(ただ、なかなかそういう教育機関が少ないので、現地校の他に、土曜や放課後を使って補習校やコミュニティスクールに通い、母語を保持する生徒も多いと思います。)
利点と問題点
マイノリティ言語が母語の生徒は、このようなバイリンガルプログラムで学んだほうが、マジョリティ言語だけを使うモノリンガルの学校で学ぶより、成果がいいという研究結果がでています。
ライティングスキルといった言語スキルのみにとどまらず、数学の成績や卒業率、共通テストの成績なども、バイリンガル・プログラムで学んだ生徒のほうが全体的に優れた結果が出ているようです。
また、アイデンティティ上も母語が保持できることで、プラスの影響があることも報告されています。
これらのプログラムの批判点として、「この教科では●●語のみ」「この時間は△△のみ」と教科ごとに言語を厳しめに分けていることが多く、もうすこし柔軟にして、2つの言語をつなぐような活動もあったほうがいいのではという意見もあります。
一方、二言語を柔軟に使っているプログラムもあるようですが、その場合は、基本は、生徒は、自分の得意な方の言語のみを使いがちになってしまい、弱いほうの言語が育ちにくくなるという課題もあるようです。
このため、翻訳タスクなどを取り入れて、両言語を使いながら、うまく2つの言語をつなげるような活動をすることも提案されています。
その他のプログラム
その他のプログラムとしては、内容言語統合型学習(CLIL)の概念を取り入れた多言語教育が、ベルギー・ドイツ・ルクセンブルグなどに存在するヨーロピアン・スクール(European School)で導入されています。
(CLILについては『内容言語統合型学習(CLIL)とは何か?CLILの「4つのC」について(Content, Communication, Cognition, Community)』もご覧ください。)
このプログラムでは、まず母語で教科を学び、同時に第二言語を「言語」として学びます。
そして、第二言語の言語能力が発達すると、小学校高学年ぐらいから第二言語で教科を学びはじめます。
同時に、第三言語を「言語」として学び始めます。このように、言語学習から教科学習に少しずつ移行していくことで、マルチリンガルな生徒を育てるプログラムになります。
まとめ&ご興味のある方は
今回は、バイリンガル・マルチリンガル教育プログラムとして以下の3つを紹介しました。
- ウィーク・バイリンガル・プログラム(weak bilingual programmes)
- マイノリティ言語を話す家庭の子ども向けに、その社会で使用されているマジョリティの言語への移行をサポートする
- ストロング・バイリンガル・プログラム(strong bilingual programmes)
- マジョリティ/マイノリティ言語を話す家庭の子ども向けに、両方の言語を発達させる目的で実施される
- その他(CLILなど)
バイリンガル・マルチリンガル教育にご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- イマ―ジョンプログラムの種類と成功の要因について
- ダブル・リミテッド・バイリンガルとは?ダブル・リミテッド現象の年齢・領域・要因について
- 母語、母国語、第一言語、公用語の違いは?
- バイリンガリズムの概念:同時性・後続性・加算的・減算的バイリンガリズムについて
- Cumminsの相互依存モデル、BICSとCALPについて
- Translanguagingとは何か?Bilingualismとの違いは?
- 子供のバイリンガル教育に関するFred Geneseeの講演を視聴しました。
- Fred Geneseeのイマージョンプログラム(immersion programs)に関する講演も視聴しました。
- 内容言語統合型学習(CLIL)とは何か?CLILの「4つのC」について(Content, Communication, Cognition, Community)
参考文献
- Bernstein, K. A., & Hamman-Ortiz, L. (2019). Bilingualism and multilingualism. In The Routledge Handbook of Translation and Education(pp. 11-28). Routledge.
幼児期のバイリンガル教育に興味のある方は、以下の書籍がおすすめです。
バイリンガル教育について、今までの研究成果等がまとめられています。