この記事では文法化について説明した後、文法化の英語・日本語の例を紹介します。
文法化とは?
文法化(grammaticalization)とは、ある語彙が、その語彙の意味が弱くなり、文法的機能をもつようになる過程のことです。
文法化研究で有名なHopper & Traugottの著作である『Grammaticalization: Second Edition』(2003)では、文法化を以下のように定義しています。(p.18)
(i) A research framework for studying the relationships between lexical, constructional, and grammatical material in language, diachronically and synchronically, both in particular languages and cross-linguistically.
(ii) A term referring to the change whereby lexical items and constructions come in certain linguistic contexts to serve grammatical functions.(i) 通時的・共時的に、特定の言語内または異なる言語間で、ある言語の語彙・構文・文法の間の関係性を探る研究枠組みのこと
(ii) ある言語環境において、語彙・構文が文法的機能を持つようになる変化を指す用語(Hopper & Traugott (2003)p. 18より引用、和訳は拙訳)
これだけではわかりづらいかもしれませんので、文法化について英語・日本語の例を出しながら説明します。
なお、文法化は、語彙がいかに文法機能を持つようになるかという過程を調査するものなので、もともとは歴史言語学の研究対象でした。
ただ、現在は、文法化は、人間の認知的な側面にもかかわっていることがわかっており、認知言語学の対象ともなっています。
英語の例
英語の例として「be going to」と「will」の例を紹介します。
例1:be going to
「be going to」は、「I’m going to school tomorrow (明日学校に行く)」というように、近未来を表す文法表現です。
英文法で必ずといってもいいほど学ぶ項目ですね。
ただ、「be going to」は歴史をさかのぼると、もともとは「go(行く)」という語彙で、現在のような近未来を表す文法機能はありませんでした。それがある特定の言語環境で「be going to」とセットで頻繁使われるようになりました。
頻繁に使われるうちに、「be going to」の中の「go」のもともとの意味が薄くなり、結果、近未来を表す文法機能を持つようになったといわれています。
なお、もともとの語彙のそもそもの意味がどんどんなくなっていくことを、意味の漂白化(semantic bleaching/semantic attenuation)といいます。
例2:will
同じく未来を表す助動詞のwillも、昔から助動詞だったわけではありませんでした。
もとは、「意志」を表す一般動詞でした(willは今も、この一般動詞の用法もあります)。
ただ、時を経るにつれて、この一般動詞の意味は具体性を失って、徐々に未来を表す助動詞という文法機能を担う語に変化していきました。
なお、文法化というのは、語彙が文法的機能を持つようになる、または文法的要素がその文法的機能をさらに強めるといった方向で進みます。
「文法→語彙」に移行した例外も少しは観察されていますが、ほとんどが「語彙→文法」への単方向に進みます。
これを一方向性の仮説(unidirectionality hypothesis)と言います。
日本語の例
日本語の文法化の例として「~てしまう」と「ところだ」をとりあげます。
例1:「~てしまう」
「てしまう」というのは、「この本は全部読んでしまった」「ここにあったお菓子は全部食べてしまいました」というように、動作の完了を表す文型です。
「動詞のテ形(~て/~での形)」と「しまう」を組み合わせて作ります。
この「しまう」というのはもともとは「片付ける」という意味の動詞でした(現在も「しまう」は一般動詞としても使われます。)
その「片付ける」という語彙の具体的な意味がどんどんなくなり、「し終わる」という動作の完了を表す文型となりました。
また、「てしまう」は、「読んじゃう」や「食べちゃう」など縮約形が使われることもあります。
文法化した場合、音声・音韻の変化が起こることもよくあります。特に、音声が削減されたり、隣接する音に同化することがよく観察されます(Heine, Claudi and Hünnemeyer 1991)。
「てしまう」が「~ちゃう」「~じゃう」に縮約されるのも、文法化の特徴といえます。
(ちなみに、英語の例であげた「be going to」も「gonna」と縮約されますね。)
例2:「ところ」
もう一つの例は「ところ」です(定延 2019 p. 104-105)。
- この公園は広くて、いいところだ。
- ご飯を食べたところだ。
この2つの文では、どちらも「ところ」が使われています。
①の公園の例のほうは、「場所」という空間的な意味を持っています。
②のほうは、「ご飯を食べ終わった」という時間的な意味を持っています。
②のほうは、もとの「場所」という具体的な意味が薄れて、抽象的な文法機能を持つようになっているので、文法化の例と言えます。
なお、人の認知上、意味は空間的な意味から時間的な意味に変化すると言われています(定延 2019 p. 104-105)。
空間というのは、人間が身体を通して感じることができ、イメージしやすいものです。時間というのは基本は抽象的な概念なのでわかりにくいです。
人間は、「時間」などの直接把握しにくい抽象的な概念を、「空間」などといった別のよくわかる概念を通して理解することがよくあります(詳しくは「概念メタファーとは何か」もご覧ください)。
「ところ」もその例だと考えられます。
まとめ&ご興味のある方は
今回の記事では、文法化について英語・日本語の例をもとに紹介しました。
- 文法化とは、ある語彙が、その語彙の意味が弱くなり、文法的機能をもつようになる過程のこと、またはそれを研究する分野のことを指す。
- 文法化の特徴として以下が挙げられる。
- 語彙の具体的な意味が薄れて、抽象的な意味を持つようになる(意味の漂白化)。
- 文法化は「語彙→文法」へと一方向で起こる。逆はほとんど見られない(一方向性の仮説)。
- 文法化すると音声の削減や融合など、音声・音韻的変化もよくみられる。
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- 概念メタファーとは何か
- シネクドキ(堤喩)とメトノミー(換喩)の違いについて
- 古典的カテゴリー観、プロトタイプ理論、事例理論(exemplar theory)のカテゴリー観の違いついて
- 概念メタファーの翻訳を言語学習に活用するというSidiropoulou and Tsapaki (2014)の論文を読みました。
- ソシュール(Saussure)の概念② :共時言語学と通時言語学
参考文献
※文法化関連の論文で多数引用されている本です。上記の本は第2版ですが、1993年の第1版のほうは、『文法化』(P.J. ホッパー , E.C. トラウゴット (著)日野資成 (訳) 2003年. 九州大学出版会 )という題で日本語翻訳もあります。
※主に日本語の例の「~ところ」の箇所で参考にしました。