弁別的素性とは
弁別的素性とは
弁別的素性(distinctive features)とは、「分節音の対立を説明する音声特性」のことです(フロムキン・ロッドマン 2002, p. 456)。
(ちなみに、分節音とは、最小の音の単位のことです。通常は母音や子音のことを指します)
弁別素性ということもあります。
この定義だけ聞くと、わかりづらいですが、要は、音と音を区別する(弁別する)ための特徴のことを指します。
弁別的素性は、基本は音韻論で使われる用語です。音韻論は、言語の音の体系を研究する分野です。
音韻論で重要になるのは、対象の言語において、ある音とある音が違うことを記述することです。
音と音との違いを考える際に、音を分解して、その特徴を捉えていく必要があります。その一つ一つの細かい特徴のことを「素性(features)」といいます。
「弁別的素性」は、音を区別するために使う基準のようなものになります。
日本語の[p]と[b]の場合
例えば、日本語で「パス(pasu)」と「バス(basu)」は違う意味になります。
この2つの音の違いは[p]か[b]かだけです。
ただ、この2つが違うことによって意味が変わってしまうので、日本語においては[p]と[b]は意味の違いにかかわる音声的な単位(つまり「音素」)になります。
では、/p/と/b/の音の違いをどう説明できるのでしょうか。
音の違いを説明するためには、細かく音を分解していく必要があります。
音を分解するときは、通常有声性・調音点・調音法という三つの基準を使います。
この3つをざっくり説明すると以下のようになります(川原 2022)。
- 有声性:声帯が振動するかどうか
- 調音点:口の中のどこで発音するか
- 調音法:どのように発音するか
/p/も/b/も両唇を使って音を出します。つまり、②調音点(=口の中で発音する場所)は同じです。
また、/p/も/b/両唇で呼気をとめた後、両唇を開けて呼気を開放することで音を出します。③調音法(=どのように発音するか)も同じです。
では、/p/と/b/の区別をするのは、残りの①有声性(=声帯が振動するかしないか)になります。
/p/は無声音で声帯は振動しませんが、/b/は有声音で声帯が振動します。
声帯の振動の有無が、日本語の音の区別をする特徴の一つとなっているのです。
つまり、日本語の音韻体系では、有声性は音(正確には音素)を区別するための弁別的素性になっています。
(音素については「音素とは何か」もご覧ください。)
弁別的素性の表し方
弁別的素性を記述するときは、その素性を[ ]に入れます。そして、+と-の二項対立であらわします。
例えば、[p]は [+有声]([+ voice])、[b]は [-有声]([-voice])という形で記載します。
このように書くことで、音の特徴を効率的に示すことができるようになります。
主な弁別的素性
主な弁別的素性は以下のとおりです(斎藤他(編)『明解言語学辞典』p. 204をもとに一部改変して引用)。
素性(日本語表記) | 素性(英語表記) | 区別できるもの | |
有声音性 | [±有声] | [+/− voice] | 有声音と無声音 |
調音法 | [±共鳴] | [+/− sonorant] | 共鳴音(母音、わたり音、流音、鼻音)と阻害音(摩擦音、閉鎖音) |
[±継続] | [+/− continuant] | 摩擦音と閉鎖音 | |
[±鼻音] | [+/− nasal] | 鼻音と口音 | |
[±高段] | [+/− high] | 高母音と中・低母音 | |
[±低段] | [+/− low] | 低母音と中・高母音 | |
調音点 | [±舌頂] | [+/− coronal] | 舌頂音(歯茎音、歯茎硬口蓋音)と唇音・軟口蓋音 |
[±先行] | [+/− anterior] | 唇音と軟口蓋音 歯茎音と歯茎硬口蓋音 | |
[±後舌] | [+/− back] | 後舌母音と前舌母音 |
他にもいろいろな弁別的素性は提示されていますが(説明したい音の特徴によって、もっと細かく分けることも多いです。)、基本は上記のような特徴を使って、音声の特性を説明していくことができます。
日本語の[b]と[m]の場合
もう少し例を見てみます。
「バンド(bando)」と「マント(manto)」は、日本語だと違う語になります。
この2つの違いは[b]と[m]の音です。[b]と[m]はどちらも有声音で、調音点(=両唇を使っている)も同じです。
違いは、調音法で、鼻音性があるかどうかによって区別されます。
[b]の場合は、[-鼻音]([-nasal])で、[m]の場合は、[+鼻音]([+nasal])です。つまり、この鼻音性が[b]と[m]を区別する弁別的素性になっています。
日本語の[i]と[e]の場合
「糸(いと)(ito)」と「干支(えと)(eto)」も日本語だと違う語になります。
この2つの違いは[i]と[e]の音です。どちらも母音です。
母音の[i]も[e]も、発音するときは、どちらも舌が前のほうにあり、後ろのほうではありませんから、調音点は[-後舌]([-back])です。
違いを説明するのは、舌の高さです。
発音をする際に、[i]は高母音で、舌は高い位置にあります。上記の表に基づくと、[i]は[+高段、-低段]([+high, – low])です。
一方、[e]は中母音で、舌は高くも低くもない、真ん中ぐらいの位置にあります。ですので、[e]は[-高段、ー低段]([-high, – low])になります。
まとめ&ご興味のある方は
この記事では、弁別的素性について簡単に説明しました。
まとめると以下のようになります。
- 弁別的素性とは、子音や母音の対立を説明する音声的な特徴のことをいう。
- 弁別的素性は、音韻論で使われる用語である。
- 弁別的素性は[+有声][-有声]などというふうに二項対立で記述する。
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- 音声学(phonetics)と音韻論(phonology)の違いについて
- 音素とは何か
- 有声音・無声音・有気音・無気音の違いについて
- 有声性・調音点・調音法について(日英表記・国際音声記号の表付き)
- 音声学とその3つの分野(調音音声学・音響音声学・知覚音声学)について
- 自由異音と条件異音の違いについて
- 相補分布(complementary distribution)とは何か
- 日本語の母音融合とその例、母音融合が起こる理由について
参考文献
言語学の用語をまとめた辞典です。用語を確認したいときなど、一冊持っていると便利だと思います。
有名な言語学の入門書です。言語学全般について丁寧に説明してあります。
言語学の入門書です。言語学の各分野についてコンパクトにまとめられていて、読みやすいですし、わかりやすいです。