ハ行転呼音とは?
ハ行転呼音とは
ハ行転呼音とは、語中・語末のハ行の子音が、ワ行音になったことを言います。
そもそも、「転呼音」というのは、語中・語尾の音を、その語の書き表す仮名の発音ではなく、別の音に発音することをいいます。
ハ行の仮名をワ行で呼ぶことを、ハ行転呼音といいます。
このハ行の子音がワ行音化したのは、平安時代前期頃と言われています。
ただ、奈良時代末期に成立したとされる万葉集には「うるは川」を「潤和河(うるわ川)」と表記した例もあることから、平安時代前期より前にワ行音化した語もあるようです。
それから、ハ行転呼音は、語中・語末のハ行の子音の音の変化です。
語頭のハ行は別の音の変化を経ているので注意が必要です。
ご興味のある方は「ハ行の子音の音韻変化と、音韻変化を示す資料について」をご覧ください。
ハ行転呼音の例
例としては以下のようなものがあります。
- かは(川(かわ))
- あはれ(あわれ)
- こひ(恋(こい))
- かふ(買う)
- うへ(上(うえ))
- いは(岩(いわ))
発音の上では、ワ行音に変化していたのですが、表記は長らくハ行音で記載されていました。
古文でも、上記のような表記と発音のずれを学ぶと思います。
なお、明治時代以降から第二次世界大戦までの間に、公文書や学校教育などで用いられた仮名遣いである歴史的仮名遣いでも、ハ行転呼音はハ行のままで表記されています。
ただ、第二次世界大戦後に現代仮名遣いが決められたときに、現代の発音に従ってワ行音で表記されるようになりました。
なお、現代仮名遣いでは助詞の「は」や「へ」が例外です。
助詞の「は」や「へ」は、発音上は「わ」や「え」ですが、「は」と「へ」と表記しますね。
これは、ハ行転呼音の元の表記がそのまま残っている例になります。
ハ行転呼音が起こらない例
すべての語中・語末のハ行がワ行になったわけではありません。例外も存在します。
例えば、2つの語を組み合わせてできた複合語の場合は、後続の語の語頭の発音はハ行のままになっていることが多いです。
- 朝+日→あさひ(×あさい)
- 砂+浜→すなはま(×すなわま)
- 飛び+跳ねる→とびはねる(×とびわねる)
漢語もハ行転呼は起こりにくいといわれています。
- 方法→ほうほう(×ほうおう)
- 大半→たいはん(×たいわん)
それから、「母」は珍しい例で、「ハワ」にワ行音化した後、「ハハ」と再度ハ行音化したそうです。
ハ行転呼音が生じた理由
ハ行転呼音の理由としてよく言われているのが、唇音退化です。
唇音退化(しんおんたいか)というのは、唇を使わなくなるという現象のことを指します。
ハ行転呼音は、発音記号で書くと、[p]→[ɸ]→[β̞]と音が変化したと言われています。
[p]は「パピプペポ」の音です(ハ行は奈良時代以前は、「パピプペポ」の音だったというのが通説です)。[p]の音を発音するとき、上唇と下唇があわさります。[ɸ]は、今の表記で書くと「ファフィフフェフォ」の音に近いです。ちなみに、「ふ」のみは、今も[ɸ]の音です。この音を発音するとき、[p]を発音するときほど上唇と下唇は合わさりません。上唇と下唇を摩擦させるような形になります。[β̞]は両唇接近音といって、ワ行の音です。[β̞]になると、上唇と下唇は合わさらなくなります。
このように、唇をどんどん使わなくなっていったからだそうです。
なぜ唇音退化が起きたのかについて定説はないようですが、発音の労力の軽減(唇を使わないほうが楽)がよく言われます。
まとめ
この記事ではハ行転呼音について簡単に説明しました。
まとめると以下のようになります。
- ハ行転呼音とは、語中・語末のハ行の子音が、ワ行音になったことをいう。
- 現代仮名遣いでは、ハ行転呼音は「ワ行」で表記されている。ただ、現代の表記でも、ハ行転呼音は、助詞の「は」と「へ」に残っている。
- 複合語の後続の語の語頭のハ行や、漢語には、ハ行転呼音は原則生じない。
- ハ行転呼音が生じた理由としては、唇音退化がよくあげられる。
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- ハ行の子音の音韻変化と、音韻変化を示す資料について
- 現代仮名遣いとは何か
- 歴史的仮名遣いとは何か
- 四つ仮名(「じ」「ぢ」「ず」「づ」)と使い分けのルールについて
- 日本語の複合語の特徴について
- 単純語と合成語(複合語・畳語・派生語)について
- 岩波新書の「日本語の歴史」を読了しました。
日本語の発音の変化に興味がある方は、以下のような新書もあります。
参考文献
- 森山卓郎・渋谷勝己(編)(2020)『明解日本語学辞典』三省堂
- 伊坂淳一(2016)『新ここからはじまる日本語学』ひつじ書房
- 衣畑智秀(編)(2019)『基礎日本語学』ひつじ書房
- 小松英雄(2013)『日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか(新装版)』笠間書院