この記事では、役割語について紹介します。
その後、役割語に関する研究のうち、①成立過程を探るもの、②キャラクターによる使い分け、③役割語と翻訳の3つを簡単に紹介します。
役割語とは?
役割語とは
役割語は、金水敏が2000年に使い始めた概念です。その後、役割語研究が発展し、広く使われるようになっています。
金水は2015年の論文で、役割語を以下のように定義しています。
主にフィクションのなかで、セリフを話す人物の人物像(性別、年齢・世代、職業・階層、地域・国籍・人種等)を強く連想させる話し方のパターン(語彙、語法、音声的特徴、セット ・ フレーズ等の組み合わせ)(金水 2015, p. 1)
例えば、以下の文は全部「I love you/I like you」に似ている文ですが、それぞれに特定の人物像が頭に浮かぶのではないでしょうか?
- ぼく、きみのこと好きだよ
- あたし、~君がだーい好きっ♡
- 俺ぁ、お前のこと愛してるぜ。
- 拙者はそなたを愛おしく思っておる。
- わしはあんたに惚れとるんじゃ。
- 一生、お嬢様のおそばで見守っております。
- 私、あなたのこと愛してますわ。
- わしあんたのことすっきやでー。
(国際交流基金関西国際センター「アニメ・マンガの日本語 Character line-up」より引用)
役割語のメリットとデメリット
役割語の研究① 成立過程を探るもの
役割語については、2000年以降、幅広く研究されるようになります。
まず、複数なされているのが、その成立過程を探るものです。
役割語は、日常会話で使われていないものが多いです(もちろん、冗談を言うときなどは使ったりすると思いますが。)
例えば、「わし、あんたに惚れとるんじゃ」と聞くと、老人を追い浮かべるかもしれませんが、身近にこのような話し方をする老人はほぼいないと思います。老人になったときに、「わし~じゃ」という話し方を変える人もいないと思います。
なぜこの言葉遣いが老人を想起させるようになったのかが研究対象になるわけです。
今回の記事では、「老人語」と「アルヨ言葉」に関する研究を紹介します。
例1:老人語
老人語は、「~じゃ」などの語尾や、「わし」といった一人称が特徴的ですね。
「鉄腕アトム」のお茶の水博士や、「名探偵コナン」の阿笠博士など、博士キャラもよく使っています。
金水敏の「ヴァーチャル日本語 役割語の謎 (もっと知りたい!日本語)」(2003年)では、この老人語(博士語)の由来を探っています。
老人語は、西日本(上方)の方言の特徴を引き継いでいます。
江戸幕府が開かれたとき、武士や権力者、資本家、知識人は西日本系のことばを話していました。
その後、江戸の発展とともに、市井の人々は江戸ことばを話すようになりましたが、地位や権力のある老人は西日本のことばを話す傾向がありました。
この傾向が演劇や小説などで、表現されたのが老人語の始まりだそうです。
例2:アルヨ言葉
金水敏の「コレモ日本語アルカ?――異人のことばが生まれるとき 」(2014年)では、アルヨ言葉について取り扱っています。
アルヨ言葉は、「これ、〇〇アルヨ」といったように、中国人キャラクターが話すときに使われる役割語です。
「らんま1/2」の中国の奥地で暮らす女傑族の少女シャンプーなどが使っています。
この「アルヨ言葉」は、19世紀後半に、開港後の横浜で使用されていたことばが起源だそうです。
日本の開国に伴い、西洋諸国の外国人や多数の中国人が来日しました。
異なる言語の話者がコミュニケーションするために作り出されたピジン言語が、漫画等でアルヨ言葉として使われるようになりました。
面白いのは、アルヨ言葉は、その地域のコミュニケーション言語だったわけですから、そもそもは中国人だけが使っていたわけではないということですね。
ただ、アニメ・漫画などで中国人キャラクターに使われるようになり、今に至っているそうです。
役割語の研究② キャラクターによる使い分け
役割語研究は、その成立過程を探るもの以外にも、多様な角度から研究されています。
例えば、金水(2017)では、フィクションの登場人物を以下の3つにわけ、登場人物別の役割語の使用について説明しています。
- Class 1→主人公・準主人公
- Class2→ストーリー上、重要な役目を果たす人物
- Class 3→その他大勢
Class 1の主人公・準主人公は、標準語を基調とすることが多く、役割語の度合いが低い傾向があるそうです。
Class 2の重要人物は、役割語が使われることもあるのですが、単純な役割語ではなく、いろいろな役割語を混ぜたり、特徴的な話し方をさせたりと、人物の個性を強めるために工夫しているようです。
役割語が最も効果を表すのは、Class3のその他大勢だそうです。
1回登場したらそれっきりなので、役割語を使うことで、その場面の中で、話し手がどのような役目を果たしているかが効果的に表現できます。
勿論、「クレヨンしんちゃん」や「おじゃる丸」のように、Class 1の主人公でも癖のある話し方をする漫画・アニメはあります。
ただ、この分類を頭に入れながら、フィクションを読んでみると、違う視点で楽しめるかもしれないですね。
役割語の研究③ 役割語と翻訳
役割語は翻訳でもよく使われていますが、役割語と翻訳に関する研究も複数見られます。
例えば、太田(2009)の論文は、北京オリンピック放送の翻訳テロップを分析しています。(2023年2月現在、こちらから無料でアクセスできます)
テレビのスポーツ放送での翻訳テロップには、「~さ」「~(だ)ぜ」「~(だ)わ」のような役割語が使われます。
ただ、必ずしも常に使われるわけではないため、太田は、いつどういったときに役割語が出現するかを調べました。
北京オリンピック放送の分析の結果、スーパースターや、頂点に立った女王には役割語が使われていたようですね。
陸上男子で複数の金メダルをとったウサイン・ボルト選手は「俺がno.1だ!」というように「俺」という一人称を使われていました。
また、棒高跳びの女王だったエレーナ・イシンバエワ選手は「~わ」と女ことばが使用されていたようです。
「役割語」という用語は使っていないものの、中村桃子の「翻訳がつくる日本語: ヒロインは「女ことば」を話し続ける」(2006年)も翻訳と女ことばの関係を探っています。
「~わ」「~かしら」のような女ことばは日常会話ではほとんど使われていませんが、フィクションではよく見聞きします。
特に、洋画のヒロインたちの字幕には、コテコテの「女ことば」が使われることが多いです。
この点について、「ハリーポッター」のハーマイオニーや、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラなど、複数の例をあげながら分析しています。
もっと知りたい方は
この記事は役割語と、役割語研究について紹介しました。
役割語については、その提唱者でもある金水敏が複数出版していますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。
今回紹介した老人語やアルヨ言葉についても触れられています。
役割語の研究論文をまとめたものです。英語・韓国語との対照研究など多様な研究がまとめられています。
『役割語研究の地平』の続編です。今回紹介したスポーツ放送の役割語についても取り扱われています。
役割語を構成する言葉を、見出し項目約120語でまとめたものです。
ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。
- 田中ゆかり(2016)「方言萌え!?――ヴァーチャル方言を読み解く」読了。
- 金水敏の「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」を読み直しました。
- 中村桃子(2012)の女ことばと翻訳に関する短い論文を読みました。
- 日本語学における「位相」とは何か
- 地域方言と社会方言の違いについて