「L」と「R」の聞き分け
日本語母語話者は、英語の「L」と「R」の区別が難しいと言われます。
(あくまで主に日本語環境で育った場合のケースです。多言語環境で育った場合は話は変わってきます。)
とはいえ、今は「L」と「R」の聞き分けが難しいと思う人でも、生まれたときは聞き分けられる能力は持っていたはずです。
世界の言語には子音が600、母音が200ぐらいあると言われています。
赤ちゃんは生まれたときは、世界の言語のすべての音を学ぶ能力を持っているといわれています。
ただ、成長するにつれて、母語の言語で区別されていない音を、無視することを学ぶようになります。
つまり、日本語母語話者の場合、日本語では「L」と「R」の区別はそれほど重要ではないので、敏感に聞き分けないようになってくるのです。
情報を取捨選択することによって、母語を効率的に学べるようになるともいえるかもしれません。
では、いつぐらいから、母語で区別のない音に注意を払わなくなっていくのでしょうか。
実は、生後6か月ごろから1歳までの間ではないかという研究結果がでています。
今回の記事では、乳幼児の「L」と「R」の発音の聞き分けについて調査した、アメリカの発達心理学者のパトリシア・K・クール(Patricia K. Kuhl)らの以下の2006年の研究を紹介します。
- Kuhl PK, Stevens E, Hayashi A, Deguchi T, Kiritani S, Iverson P. Infants show facilitation for native language phonetic perception between 6 and 12 months. Developmental Science. 2006;9:13–21.
Kuhl et al(2006)の研究
なお、「L」と「R」の聞き分けを調べたいとき、大人なら、「L」と「R」の音を聞いてもらって、「LかRかを選んでください」と聞けばすむ話です。
ただ、生後6か月~1年ぐらいのまだことばも話せない赤ちゃんに同じことはできません。
どうやって調査をするのでしょうか。
データを集めるのも工夫が必要
赤ちゃんの聞き分けでよく使われているのが、「ヘッドターン(Head Turn)」という、条件づけ振り向き法です。
例えば、赤ちゃんのいる部屋のバックグラウンドに「rararararara」という音を流します。
そのあと、「lalalalala」の音に変え、そのときにおもちゃも出てくるようにします。
赤ちゃんを訓練して、音が変わるとおもちゃが出てくるということを理解させます。
赤ちゃんが、もし2つの音が違うことを理解していたら、音が変わったときに、おもちゃの方向を見るということになります。
もし赤ちゃんが音の変化に気づき、もしおもちゃがでてくる前に、おもちゃの方向を見たら、聞き分けができたことになります。
ただ、音が変化したにもかかわらず、おもちゃが出てきた後に、おもちゃの方向を見たら、聞き分けができていなかったと判断できます。
↑この動画をみると、ヘッドターンの実験の様子がわかります(この動画ではおもちゃではなく点滅光を使っていますが)
今回のKuhl et al (2006)の調査でも、このヘッドターンを使用しています。
赤ちゃん相手は一筋縄ではいかない
Kuhl et al (2006)の調査は、32人のアメリカ人の乳幼児と32人の日本人の乳幼児を対象に行いました。
ただ、赤ちゃん相手ですから、成人のようにスムーズに調査ができるわけではありません。
実験の参加者を説明する項には、さらっと一文で144人の乳幼児はタスクを終えることができなかったと書いています(p. 15-16)。
対象となった計64人の赤ちゃんの二倍以上の数の赤ちゃんが失敗しているんですね。
赤ちゃんは、大人のようにお願いしてできるものではないので、時間内にできなかったり、泣いてしまったりするようです。
以前、同じく赤ちゃんを対象に研究をしている方のお話の中で、赤ちゃんはかなりの確率で寝てしまうといっていたのを思い出しました。
調査の結果
さて、調査の結果は、日本人の乳幼児は、生後10か月をすぎると、「r」と「l」の聞き分けについて、アメリカの乳幼児とあきらかな差がつくようになっていました。
生後6~8か月の乳幼児については、「r」と「l」の聞き分けの正答率は、日本人乳幼児が64.7%、アメリカ人乳幼児が63.7%とあまり変わりません。
ただ、日本人の乳幼児の「r」と「l」の聞き分けの正答率は、生後6か月~8か月の64.7%から、生後 10か月~12か月には59.9%に低下していました。
それに対し、アメリカ人の乳幼児は、正答率は生後6か月~8か月の63.7%から、生後10か月~12か月は73.8%へと「l」と「r」の区別がしっかりできるようになっていました。
つまり、日本人乳幼児の正答率は下がり、アメリカ人乳幼児の聞き分け正答率が上がっていて、明確な差がついたんですね。
それから、どちらの母語の乳幼児でも、全般的に「ra」を背景音で流し、「la」に変えたときのほうが、正答率が低くなっていました。
つまり、「la」→「ra」のほうが聞き分けがしやすく、「ra」→「la」のほうが聞き分けが難しいようですね。
音によって聞き分けやすいものと、聞き分けにくいものはあるようです。
このことから生後6か月ぐらいから、母語の言語で区別されていない音を、聞き分けられなくなっていくのではと考えられます。
他の言語でも同様の結果が
乳幼児の音の聞き分けについては、他の言語の研究でも似たような結果がでています。
例えば、Werker&Teesの1984年の研究では、英語環境で家庭で育つ赤ちゃんが、ネイティブアメリカンの言語の一つであるSelish語の音や、ヒンディー語の音を聞き分けられるかを調べました(対象になった音は英語では区別しない音です)。
その結果でも、生後6~8か月は80%以上の乳幼児が聞き分けができていたのに対し、生後10~12か月ごろになると、聞き分けられた乳幼児は10%~25%ぐらいにまで下がっていたようです。
もっと詳しく知りたい方は
この結果だけを聞くと、生後6か月ごろまでは聞き分けができる潜在的能力を持っていたのに、それを失ってしまったかのようにも捉えられます。
ただ、Kuhl (2012)によると、早く母語の区別を習得する幼児は、語彙学習や文法の発達も早いようです。
母語の区別に必要ない音に注意を払わなくなるというのは、母語の効率的な処理という意味では必要なことなのかもしれません。
また、その後に、別の言語で話しかけをすることで、その別の言語の音の区別ができるようになったという研究結果もあります(Kuhl et al 2003)。
今回は「日本語環境で育つ赤ちゃんは、いつから英語のLとRを聞き分けられなくなる?」をテーマに、Kuhl et al. (2006)の研究を紹介しました。
赤ちゃんの言語発達について詳しく知りたい方は、以下の本が読みやすいと思います。
今回紹介したKuhl et alの研究も紹介されていました。妊娠中の方や育児中の方にもおすすめです。
こちらも子どもの言語発達について取り扱った新書です。動詞や形容詞の習得などについても言及されています。