競合モデル(Competition Model)の提唱者・立場
提唱者
競合モデルとは、特に1990年代に言語習得に影響力を及ぼした、心理言語学に基づく言語習得・文処理のモデルです。
競合モデルで必ずといっていいほど出てくるのが、この2人です。
- Elizabeth Bates
- Brian MacWhinney
1982年に2人は「Functionalist approaches to grammar(「Language acquisition: the state of the art」に収録)の中で競合モデルについて提唱しました。
その後も複数の論文を発表し、競合モデルを発展させています。
競合モデルの立場
競合モデルは、第二言語習得の入門書などで、コネクショニズムや認知理論とともに紹介されることが多いです。
これらの理論を理解する上で理解しておいたほうがいいのが、1980年ごろに非常に影響力のあった普遍文法とは異なる立場をとっているということです。
(普遍文法については「普遍文法(Universal Grammar)とは何か」をご覧ください。)
普遍文法は、生得主義をとっており、人間の脳には、そもそも生得的に言語を習得する能力が備わっていると考えました。
つまり、普遍文法は、言語習得をその他の認知機能と分けて考え、言語を特別視しています。
一方、競合モデルは、基本、言語習得というのは、他の一般的な認知プロセスと同じと考えています(Bates and MacWhinney 1982) 。
また、普遍文法は、言語能力(competence)と言語運用(performance)をわけて考えました。
競合モデルでは、文法規則や語彙などの言語形式(form)と、実際にいつ、どういった状況で言語を使うかという言語機能(function)は、不可分だと考えています。
また、言語習得とは機能と形式の関係を習得していく過程であるととらえています。
競合モデル(Competition Model)とは
キュー
競合モデルにおいては、言語習得は形式と機能の関係を習得する過程であるといいました。
この形式と機能の関係を学ぶために必要となるのが、「キュー(cue)」の習得です。
キューとは、文を理解するための手がかりになるもののことを指します。
私たちは英語の「He went to college yesterday」や、日本語の「彼が昨日大学に行った」という文を聞いたとき、どうやって文を理解しているのでしょうか。
この文を理解するためには、文法規則や語彙などの言語形式を理解していなければなりません。
例えば、重要な文法規則の一つである、主語はどうやって特定することができるでしょうか。
ある発話された文の中の主語の特定には、以下のようなキューが存在すると考えられます(VanPatten and Benati (2015, p.105-106) )。
- 語順
- 主語・動詞の一致
- 有生物か無生物か
- 格助詞
英語の場合は、文の順番はSVOで決まっているので、主語が何かを特定するには語順が大切になります。
「He went to college yesterday」の場合、語順をもとに「He」が主語を特定できます。
日本語の場合は、語順はそれほど大切ではないので、助詞のほうが大切になるでしょう。
「彼が昨日大学に行った」の場合、「が」という助詞を手がかりにするケースが多いのではないでしょうか。
スペイン語の場合は、主語がよく省略されますが、動詞の活用をもとに主語を突き止められることが多いでしょう。
このように、文を処理するときに、手がかりとなるものをキューと言います。
キューは、文法規則や語彙などの言語形式(form)と、実際にいつ、どういった状況で言語を使うかという言語機能(function)を結び付ける役割を果たします。
キューは言語特有のものも、言語共通のものもあります。
キューの習得
競合モデルでは、様々なキューを習得することが、言語習得につながると考えます。
ある文を解釈する際には、様々な可能性が存在します。
例えば、先ほどの「彼が昨日大学に行った」という簡単な文であっても、日本語の文法規則を知らない限り、無数の解釈が生まれかねません。
競合する様々な解釈の可能性の中から、キューをもとに適切な解釈をしていくことが言語習得になります。
なお、キューは、習得しやすいものとしにくいものがあると言われています。
複数のキューが、同じ形式や機能を指示している場合などは、習得がしやすくなります。
例えば、フランス語の主語の場合は、語順や動詞の活用という複数のキューが主語を特定する手がかりになっています。
この場合は、キューが認知しやすく、習得が容易となります。
キューが見つけにくい場合や、相反するキューがある場合は、習得が難しくなります。
キューの強さ
キューの強さは、以下の3つの要素に基づいて決められます(VanPatten and Benati (2015, p. 105-106) )
- availability(可用性)
- reliability(信頼性)
- conflict validity(競合妥当性)
この3つについて、先ほどの主語を特定する際に使われるキューを例に考えてみます。
availability(可用性)とは、どのぐらいそのキューが出現するか、または利用可能かです。
英語の場合、語順は頻出するキューになります。ただ、主語と動詞の一致というキューは「He shows」などといった、三人称現在形のときぐらいしかでてきません。
語順のほうが可用性が高く、強いキューになります。
スペイン語の場合は、主語はよく省略されるので、語順は頻出するキューにはなりません。
スペイン語では動詞の活用のほうが頻出するキューになります。
例えば、hablar(話す)の場合、「hablo」といえば一人称、「hablas」といえば二人称、「habla」と言えば三人称が主語だとわかります。
reliability(信頼性)とは、そのキューがどのくらい正しい文の解釈につながるかです。
英語は、語順がはっきりしている言語なので、語順はかなり信頼性のあるキューとなります。
日本語の場合、主語を特定する際に、語順は、ある程度参考になりますが、英語ほど信頼性が高いキューではありません。
日本語の場合は、助詞のほうが信頼度が高くなるでしょう。
conflict validity(競合妥当性)は、もし他のキューと矛盾している場合、そのキューが正しい文の理解にどのくらい妥当性があるかです。
例えば、「①彼が大学に行った。」「②大学に行った、彼が」という2つの文で考えてみます。
「①彼が大学に行った。」の場合、格助詞「が」が付いていますし、語頭に来ていますし、「彼」は有生物です。
これらの様々なキューをもとに、「彼」が主語だと特定できます。
一方、「②大学に行った、彼が」の場合、「彼」は語頭に来ていません。
日本語は語順は比較的自由ではあるものの、主語は述語の前にあるのが普通です。語順をもとに考えると、「彼」は主語ではなくなってしまいます。
ただ、助詞という観点からみると、主語を示す「が」が付いている「彼」が主語になります。
この2つのキューが競合していますが、日本語の場合は助詞のほうをもとに判断したほうが妥当でしょう。
つまり、助詞のほうが妥当性が高いということになります。
もっと詳しく知りたい方は
もっと詳しく知りたい方は、BatesやMacWhinneyの本に当たるといいと思います。
それ以外にも無料で公開されている論文も複数あります。
この記事を書くにあたって、主に参考にしたのは以下の本です。
第二言語習得に関する重要な課題や用語がまとめられています。辞書的に使えるので便利です。
この本は和訳も出ています。2023年1月現在、和訳版の方が価格が安くなっていますね。
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