マルチリテラシーズ(Multiliteracies)について

この記事では、マルチリテラシーズについて紹介します。

マルチリテラシーズとは

マルチリテラシーズは1994年にアメリカのニューハンプシャー州のニューロンドンに集まった以下の10名の研究者が提唱したものです。

  • Courtney Cazden
  • Bill Cope
  • Norman Fairclough
  • James Gee
  • Mary Kalantzis
  • Gunther Kress
  • Allan Luke
  • Carmen Luke
  • Sarah Michaels
  • Martin Nakata

CopeとKalantzisは今もマルチリテラシーズで多数の著書を書いています。

Faircloughは批判的ディスコース研究で有名ですし、Geeもディスコース研究の著名な研究者の一人です。

彼らは会合が開催されたNew Londonから、自らを「The New London Group」と名乗り、1996年に「A Pedagogy of multiliteracies: Designing social futures」という論文を発表します。

なぜ「リテラシー」でなく「リテラシーズ」なのか

リテラシーというと「読み書き」というイメージがあると思います。

ただ、The New London Groupは、グローバル化やテクノロジーの発展に伴い、リテラシーの概念が単なる読み書きだけにとどまらなくなっていると指摘します。

例えば、日本語のリテラシーといっても、「日本語の読み書き」という一つのリテラシーを学ぶのではありません。「新聞の日本語」「プレゼンの日本語」「SNSの日本語」と数々の日本語があり、それぞれに使う語彙・文法は違います。また、文字情報のみならず、音声・画像・動画等の様々な媒体を駆使してコミュニケーションをとる力も必要になっています。

The New London Groupは、リテラシーを複数形にして「マルチリテラシーズ」といい、リテラシーの概念を広くとらえています。

マルチリテラシーズは、以下の2つの意味で「マルチ」です(The New London Group 1996)。

①言語・文化の多様性

まず、言語・文化の多様性です。

同じ「言語」であったとしても、法律の文書を読む場合は法律の言語を学ぶ必要がありますし、新聞を書くときは新聞の言語、多くの人の前でプレゼンするときはプレゼンの言語、SNSで書くときはSNSの言語というようにコンテクストによって必要な語彙・文法も変わってきます

マルチリテラシーズには、場面によって変わる言葉遣い(レジスター)やその他の変種(方言やWorld Englishes)などの多様性を考慮にいれることが含まれます。

②コミュニケーション媒体の多様性

2つ目はコミュニケーション媒体の多様性です。

現在は紙媒体で言語を読む書くだけではなく、パソコンやスマホ等を使って、文字や音声、動画、画像などの複数の媒体を駆使してコミュニケーションをとっています。マルチリテラシーズでは、こうした媒体の多様性も考慮に入れています。

例えば、PPTでプレゼンを作る場合は、「何を書くか」だけでなく、どの色を使うか、どのフォントをどの大きさで使うか、レイアウトはどうするか、どの画像や映像を使うかなど、言語以外の要素を考えることも必要になります。

マルチリテラシーズは、リテラシーを考える際に、この言語・文化の多様性やコミュニケーションの多様性を考慮にいれた概念です。

Designという概念

New London Groupは「文法」という概念を使わず「Design(デザイン)」という概念を使って、言語の使用について説明しているのが特徴です。

 

人は、何か発話したり作成したりするときは、自分が使用可能なリソースを使って話したり、書いたりします。

例えば、私がこの記事を書くときは、自分が知っている言語である日本語や英語を使ったり、言語だけでなく画像を使ったり、さまざまな色のフォントを使ったりと、いろいろな選択肢があります。

LINEでメッセージを書くときは、言語の他、スタンプや絵文字、画像、動画などを使うことができます。

この私が使えるものすべてを、使用可能なリソース、すなわち「Available Designs」といいます。

 

そして、実際に自分の使えるリソースを使って、実際に何かをすること(話したり、書いたりすること)を「Designing」といいます。

 

さらに、Designingをする中で、「Available Designs」が変形し、再生産されていきます。この「Available Designs」が変形したあとのものを「Redesigned(再デザインされたもの)」といいます。

皆さんは私が書いたものを読んでくださっていますが、この完成品は「Redesigned」になります。

The New London Groupは、自分自身もこういった意味構築のプロセスで変容していくといっています。

マルチリテラシーズ教育

マルチリテラシーズの概念を取り入れた教育方法をマルチリテラシーズ教育(A Pedagogy of multiliteracies)といいます(Cope & Kalantzis, 2009)。

マルチリテラシーズ教育は、初等教育や外国語教育などで取り入れられています。

Cope & Kalantiz(2009)では、以下の4つのステップを考慮しながら授業を組み立てることを提案しています。

  • Experiencing(経験する)
  • Conceptualizing(概念化する)
  • Analyzing(分析する)
  • Applying(応用する)

なお、この4つのプロセスは、順番に取り入れる必要はなく、全部取り入れる必要もありません。

Experiencing(経験する)

Experiencingは、新たなアイディアや既に知っているアイディアを探索することです。

テキストを読んだ際に、自然に出てきた自分の考えや気持ちを述べることなどが入ります。

批判的に考えることや分析することなどは入りません。

具体的なクラスの活動例としては、テキストを読む前にブレインストーミングをしたり、考えたことをペアで交換したり、正誤問題でテキストの内容を簡単に確認することがあげられます。

Conceptualizing (概念化する)

Conceptualizingは、テキストを通して、言語とその意味を結び付けていくことです。

テキストを丁寧に読んで、その語彙・文法やそれぞれのテキストの特徴や構成を学ぶことが含まれます。

具体的なクラスの活動例としては、概念マップを作ったり、類義語を考えたりすることなどがあげられます。

Analyzing(分析する)

Analyzingは、テキストが社会的・文化的・歴史的にどう位置づけられるかを考えたり、その社会的意味を考えることです。

具体的なクラスの活動例としては、テキストをもとにディベートをしたり、まとめを書いたり、自己評価をしたりすることがあげられます。

Applying(応用する)

Applyingは、新たなテキストを作ったり、新たな知識を構築することです。

新たに学んだスキルを応用することや、創造的に言語を使うことが含まれます。

具体的なクラスの活動例としては、テキストをもとに新たなストーリーを書いたり、自分が現実にできることを考えたり、テキストを書き直したりすることがあります。

まとめ&参考文献

マルチリテラシーズについて紹介しました。簡単にまとめると以下のようになります。

  • マルチリテラシーズは1996年にThe New London Groupが提唱した概念である。
  • マルチリテラシーズは、言語・文化の多様性とコミュニケーション媒体の多様性を考慮に入れた概念である。
  • マルチリテラシーズでは、Designという概念を使って、意味がどう構築されるかを説明している。
  • マルチリテラシー教育では、Experiencing、Conceptualizing、Analyzing、Applyingという4つのプロセスを考えながら授業を考えることが提案されている。

この記事を書くにあたって参考にしたのは以下の論文・書籍です。

著者のBill CopeとMary KalantzisはThe New London Groupの一員です。

マルチリテラシーズについてわかりやすくまとめられています。入門書としても使えます。

Paesaniは外国語教育でのマルチリテラシーズの導入について複数の論文を執筆しています。