とても有名なGoffman(1974)のフレームとフッティングについてです。原文は読んでいないので受け売りですが・・・。

Goffmanのフレーム

この前の記事でGumperzのことを書きましたが、Gumperzが元にしているのがGoffmanのFrameという考えです。(Gumperzはこのframeをこのかなり広く解釈しているようです)

  • Goffman, E. (1974). Frame analysis: An essay on the organization of experience. Harvard University Press.

Goffmanといえば、人間とは劇の演者のようなもので、相手(観客)や、場所・時間などの状況を考えつつ、自分の実現したい自己を演技しているのだというドラマトゥルギー(dramaturgy)で有名ですが、この本ではフレーム分析を提示しています。

といいつつ、実はこの本を読んだことはなく、以下は他の人の本など読んだ結果の寄せ集めの理解です・・・。原文もいつか読みたいですね・・・。

 

フレームとは

フレームとはBateson(1954)が提唱した考えでGoffmanが発展させたそうです。

フレームというのは、発話・行為を理解するために意識的・無意識的に使う解釈的な枠組みのことです。

例えば、30人ぐらいの制服を着た若者が教室の中で座っていて、中年のおじさんが黒板の前に立って何か書いたり話したりしていていたら、私だったら、これは「授業中なんだ」と理解します。

このとき私は「授業」という「意識的・無意識的に使う解釈の枠組み」(フレーム)を使って、目の前にある状況を理解したことになります。

私の中の「授業」というフレームの条件としては

  • 若者が数十人いて座っている。ある者はノートを書いたり、寝たりしている。
  • 若者は制服を着ている
  • 教師らしき人がいて、何か書いたりしている

というものがあります。

勿論これは個々人や育った環境・年齢によって違うので、フレームが違うと誤解が生まれたりもしますが、こういった「フレーム」を使って他者の行動や状況を把握しています。

 

フッティング

さらにGoffman(1981)ではfooting(フッティング)という概念も上げています。

  • Goffman, E. (1981). Forms of talk. University of Pennsylvania Press.

footingは、ある場面において、話し手と聞き手がどのような距離感や立ち位置をとるかということに関係しています。

例えば、会議だと「発表する人」、「積極的に聞く人」、「聞き流す人」、「評価する人」など様々な立場をとることができるわけで、ある場面でどういう立ち位置をとるかというのをfootingというそうです。

この前紹介したGumperzのcontextualization cuesはこのフレームやフッティングを理解するための手がかり・合図となるものということだそうです。

この前の記事の例でいうと、相手がきつい調子で話していると、それを手掛かりに、「あ、怒っているんだな」という相手のfootingがわかることがあります。例えば5人ぐらいがスーツを着て敬語で話していると、「スーツ」や「敬語」などが「フォーマルな場面なのかな」など、会話のframeを考える手がかりになります。

 

Goffmanについての日本語の本

日本語でもGoffmanについては翻訳本・解説本などが多数出版されているようです。

  • ゴフマン,アーヴィング. (1967). 儀礼としての相互行為―対面行動の社会学―. 浅野敏夫訳 東京: 法政大学出版局.

↑これはErving, G. (1967). Interaction ritual: Essays on face-to-face behavior. の翻訳本のようです。

  • 中河伸俊, 渡辺克典 (2015) 『触発するゴフマン やりとりの秩序の社会学』 新曜社

↑読んでいませんがこの本ではフレームについても触れられているようです。