クラッシェン(Krashen)の5つの仮説
スティーヴン・クラッシェン(Stephen Krashen)(1982)は第二言語習得に非常に大きな影響を与えた学者の一人です。
この記事では、彼が第二言語習得について提唱した5つの仮説について紹介します。
- 習得・学習の仮説(Acquisition/learning hypothesis)
- 自然順序仮説(Natural order hypothesis)
- モニター仮説(Monitor hypothesis)
- インプット仮説(Input hypothesis)
- 情意フィルター仮説(Affective filter hypothesis)
なお、以前は5つの仮説を総称して、「モニターモデル(Monitor model)」や「習得・学習の仮説(Acquisition/learning hypothesis)」といわれることが多かったです。
ただ、最近は「インプット仮説」という総称で5つの仮説を呼ぶことも多くなっています(Brown 2000)。
以下、5つの仮説を1つずつ、その批判とともに紹介します。
習得・学習の仮説(Acquisition/learning hypothesis)
クラッシェン(1985)は第二言語習得に関して、「習得(acquisition)」と「学習(learning)」を区別しました。
習得というのは、子どもが第一言語を学ぶのと同じように、自然に言語を無意識に学ぶプロセスのことです。
一方、「学習(learning)」のほうは、文型や文法規則などの意識的に学んだ知識のことです。
クラッシェン(1981)は、コミュニケーションでの流暢さ(fluency)というのは、「習得」によるものであると考えました。
(逆にいうと、「学習」をしたところで、コミュニケーションの流暢さにはつながらないということです。)
さらに、クラッシェンは「学習」と「習得」は関係ないので、「学習」しても「習得」にはつながらない(ノン・インターフェイス理論と呼ばれます)と考えました。
なお、クラッシェンは、第一言語習得と同じように言語を学んでいくこと(=「習得」を促すこと)が望ましいと考えています。
習得・学習の仮説の批判・影響
習得・学習の仮説については、「無意識」な学びである習得と、「意識」的な学びである学習の区別をどうつけるのかがわからないという批判があります(McLaughlin 1987)。
さらに、クラッシェンは「学習」は「習得」につながらないと考えましたが、教室での学習を通してコミュニケーション能力を上達させる学習者も多いため、ノン・インターフェイス理論も多くの批判をうけることになります。
ただ、クラッシェンの影響で、教室指導の効果を検証する研究が多数生まれることになりました。
自然習得順序仮説(Natural order hypothesis)
クラッシェン(1985)は、第一言語と同様、第二言語にも習得に順序があると考えました。
子どもの第一言語習得には一定の順序があると言われています。
クラッシェンは、第二言語も順序があると考え、学習者の母語や年齢、学習環境に左右されずに、予測可能できるものだと考えました。
また、簡単に「学習」できるものが、最初に「習得」できるとは限らないといっています。
(例えば、英語の三単現の「s」のルールは簡単に「学習」できるものですが、自然に三単現の「s」を使って話せるようになるには、かなりの時間を要します。)
自然順序仮説の批判・影響
自然順序があったとしても、それほど強いものではないのではという批判もあります(McLaughlin 1987)。
ただ、この自然順序仮説は、学習者の習得の順序を探るような、中間言語研究の発展にも大きく影響を及ぼしました。
モニター仮説(Monitor hypothesis )
上記に述べたとおり、クラシェン(1981)は、コミュニケーションにおける流暢さは「習得」によるものであると考えました。
では、「学習」された文法規則や文型は何に使われるのか、という点についてモニター仮説を提唱しています。
「学習」されたものは、自分の文法の正確さをチェックするモニターとして機能し、自らの発話に修正を加えたりする際に使われると考えました。
モニター機能が働きすぎると、話せなくなり、会話の妨げになるとしています。
モニター仮説の批判
モニター機能が実際にどうやって機能するのかが不透明であるという批判を受けています(McLaughlin 1987)。
インプット仮説(Input hypothesis )
Krashenは、理解可能なインプット(comprehensible input)というものが習得には重要だと考えました。
理解可能なインプットは「 i+1」とよく言われます。
今、自分が既に習得した言語レベルを「i」とすると、それよりも少し高いレベル「+1」を聞くと、習得につながるというのです。
例えば、「私は学生です」という文を既に習得していたとします。
そうすると、次に「+1」の要素として、「私は日本語の学生です」のように「日本語」をプラスアルファでくわえることなどが挙げられます。
文法の説明なしにでも理解できるような、少し高いレベルのものを入れることで習得が起こると考えました。
インプット仮説の批判
まず、何をもって「i + 1」というのかがわからないという批判がされています。
学習者の習得しているものを判断するのは難しいですし、少し上のレベルというのも何なのか判断しづらいと思います。
さらに、クラッシェンは理解可能なインプットを与えることで習得につながると考えていましたが、学生の主体性(インタラクション・産出)をあまり重視していなかったことについても批判されています。
ただ、インプット仮説は、インプットの大切さを述べたことで非常に影響力がありました。インプットの大切さは今も広く受け入れられていると思います。
また、インプットだけでなく、アウトプット(産出)や気づき、インタラクションに関する言語習得理論の発展にもつながっていきました。
情意フィルター仮説(Affective filter hypothesis )
一方で、クラッシェンは理解可能なインプットを受けていたとしても、必ずしも習得にはつながらないといっています。
その理由として「情意フィルター」をあげています。クラッシェンは情意面の大切さを述べており、もし不安感やネガティブな感情があったりすると、情意フィルターがあがると考えました。
情意フィルターがあがると、習得の障壁となり、習得が阻まれてしまいます。
安心した状況で学べるために、情意フィルターを下げる必要性を述べています。
情意フィルターの批判
情意フィルターがどうやって機能するのか、検証できないし、個人差を入れていないという批判もあります(McLaughlin 1987)。
ただ、情意面の大切さについては広く受け入れられ、1970年代に情意面に配慮した教授法が複数生まれることにもつながりました。
ご興味のある方は
クラッシェンの5つの仮説とその批判について簡単に紹介しました。
他の記事もよければご覧ください。
※クラッシェンの仮説に基づいて、クラッシェンはテリル(Tracy Terrell)と新しい教授法を開発しました。
この教授法では、できる限り第一言語習得に近いような環境で、かつ学習者の情意にも留意しながら、第二言語を学ばせます。
質の高いインプットを多く聞くことに重きを置き、特に最初の方は、学習者に発話を求めることはありません。
インプット仮説を補完・発展した理論としてインタラクション仮説やアウトプット仮説があります。
中間言語研究についてはこちらの記事もご覧ください。
第二言語習得一般にご興味のある方は、簡単な説明で恐縮ですが、以下の記事もよければご覧ください。
- 第二言語学習理論と教授法①:行動主義
- 第二言語学習理論と教授法②:生得主義
- 第二言語学習理論と教授法③:クラッシェンの5つの仮説
- 第二言語学習理論と教授法④:認知心理学の理論
- 第二言語学習理論と教授法⑤:情報処理アプローチ
- 第二言語学習理論と教授法⑥:用法基盤学習(usage-based learning)・競合モデル(competition model)
第二言語習得にご興味のある方は、以下の本もおすすめです。
- Lightbown, Patsy M., and Nina Spada. How Languages are Learned 4th edition. Oxford University Press, 2013.
↑この本は外国語教授法などのクラスでよく教科書として使われています。
和訳版もあります。
- Lightbown, Patsy M., et al. 『言語はどのように学ばれるか』 白井恭弘 , 岡田雅子訳 , 東京:岩波書店