関連性理論とは
Dan SperberとDeirdre Wilson (1986/1995)が提唱したものです。一般に語用論に含められる理論ですが、人の認知にも着目しているので、認知言語学でも使われます。
関連性理論は、語用論の基盤を作った学者の一人であるPaul Griceの協調の原理を発展させたコミュニケーション理論です。
Paul Griceは、会話をするときは、以下の4つの公理に従っていることを前提としていると考えました。
ポール・グライス(Paul Grice)の含意(implicature)と協調の原理(Cooperative Principle)について
↑詳しくはこちらの記事をご覧ください。
- 量の公理 :必要な情報をすべて提供すること。必要以上に情報を与えない。
- 質の公理:自分が虚偽と思っていることをいわない。適切な根拠がないことをいわない。
- 関連性の公理:関係のあることをいう。
- 様式の公理 :不明確な表現をいわない。あいまいなことを言わない。簡潔にいう。順序立てていう。
関連性理論は、このうち、「関連性の公理」を発展させた理論です。
関連性理論の射程
例えば、以下のような会話があるとします。
B: あ、そうだね。あの番組始まるね。テレビつけないと。
このとき、Aは「もう時間だ」と言っただけです。何の時間かも言っていません。
ただ、Bは、Aの「もう時間だ」という発言をもとに、(おそらくAとBの間で前提とされていた)テレビ番組の時間が始まりそうだと解釈し、「あ、テレビつけないと。」といったと考えられます。
このように、人とは、文脈や記憶、一般常識などの様々な想定(assumption)に基づいて推論し、発話の意味を解釈します。
もちろん、自分の想定は間違っているものもあります。上記の例で、「もう時間だ」というのは、Aにとっては「外出の時間が迫っている」という意味だったかもしれません。
その場合Bの「テレビ番組の時間が迫っている」というのは間違いだということになります。
ただ、このような推論を常におこなっています。
関連性理論は、話し手の発話の意図を聞き手が自分の想定を基に推論し、意味を復元するという「推論モデル(inference model)」に基づいています。(東森・吉村 2002, p. 11)
関連性理論では、主に話し手が伝えようとした意図・内容を、どう聞き手が解釈し、理解するのか、そのプロセスなどが研究対象になります。
関連性の原則
SperberとWilsonは、2つの関連性の原則を提唱し、 この原則を前提に発話が解釈されると考えました。(Sperber & Wilson 1995, p.260)(訳は東森・吉村 2002, p. 18から引用)
- 関連性の認知原則(Cognitive Principle of Relevance)
Human cognition tends to be geared to the maximization of relevance
人間の認知は、関連性の最大化と連動するように働く傾向がある。
- 関連性の伝達原則(Communicative Principle of Relevance)
Every act of ostensive communication creates a presumption of its own optimal relevance.
すべての意図明示的伝達行為は、それ自体の最適な関連性の見込みを伝達する。
以下、この2つを説明します。
関連性の認知原則
関連性の認知原則は、人間の認知は、関連性の最大化と連動するように働く傾向があるということです。
上記の例で、Bは「テレビの時間が迫っている」と解釈しましたが、どうして様々な可能性のある中で、そのように解釈したのでしょうか?
関連性理論では、人間の認知環境(cognitive environment)に着目します。
認知環境とは頭の中にある知識、一般常識、思い込み、考えなどのことで、その中には確実なものも、不確かなものも含まれています。
新たな情報が入ると、この認知環境が変わることになります。
関連性理論では、最小限の処理コスト(労力)で、最大限の認知効果を得られる解釈を最適な関連性を持つ(optimal relevance)と考え、人の認知は最も関連性のあるもの処理にあてられると考えます。
例えば、上記の例では、Aが「もう時間だ」といったとき、Bは、「テレビの時間」「ミーティングの時間」「外出の時間」などいろいろ可能性がある中で、最適な関連性を持つ情報を記憶から探しだそうとします。
おそらくBの中で「テレビの時間」というのが、最小限の処理コストで引き出せる、認知効果の高い記憶だったと考えられます。
他の可能性は思い出すのに時間がかかる(=コストが高い)か、推論した帰結として不適合だった(=効果が低い)可能性があります。
関連性の伝達原則
関連性の伝達原則は、すべての意図明示的伝達行為は、それ自体の最適な関連性の見込みを伝達するということです。
SperberとWilsonは、意図明示的伝達行為(ostensive communication)とそうでないものを大別しています。
意図明示的伝達行為はざっくりいうと、発話者が相手に何かの想定を知らせようとする意図をもって、コミュニケーションすることです。
Aが「もう時間だ」といった時、Aは、Bに、何かお互いが知っている想定を知らせようという意図があったと考えられます。
また、この発話者が伝達するとき、①相手に不要な処理コスト(労力)をかけることなく伝わること、②その情報は処理する価値のある認知効果があるものという前提がある、と伝達原則では考えます。
つまり、Aが何か知らせようとしているものというのは、思い出すのにすごく時間がかかるものでなく(=コストが少ない)で、かつ、その情報をもとに推論して結論が出せるようなもの(=認知効果がある)であるという前提があるということです。
もしこのような前提の上に立っていないと、Aの情報をBもどう解釈すればいいかわからなくなります。
逆にいうと、Aがそのような前提で伝えていると思うからこそ、Bも最大限関連性のある情報を引き出そうとするわけです。
興味のある方は
関連性理論に興味のある方は、以下の本がおすすめです。
- Sperber, Dan and Deirdre Wilson (1986/1995) Relevance: Communication and Cognition, Blackwell.
関連性理論を提唱したSperberとWilsonの本です。
- D. スペルベル, D. ウイルソン(2000) 関連性理論―伝達と認知. 研究社
↑和訳も出ています。
- 東森勲,吉村あき子(著)(2002)「関連性理論の新展開」研究社
↑関連性理論についての本です。この記事の和訳もこの本に依拠しています。
- 今井邦彦 (2001) 「語用論への招待」大修館書店.
↑この本にも関連性理論について詳しく書いてあります。