Okamotoはカリフォルニア大学サンタクルーズ校の教授でポライトネス関係でいろいろと執筆しています。ジェンダーや敬語等にフォーカスしたものも多いです(詳しくはこちら)。
以下の本の編者もしています。
- Okamoto, Shigeko, and Janet S. Shibamoto Smith, eds. Japanese language, gender, and ideology: Cultural models and real people. Oxford University Press, 2004.
今回読んだのは以下の短い論文です。
- Okamoto, Shigeko (2013). Variability in societal norms for Japanese women’s speech: Implications for linguistic politeness. Multilingua, 32 (2), 203-223
この論文では、日本女性の言葉遣いの規範について再検討していました。
Okamotoは、「女らしい話し方」については、女は丁寧に、優雅・上品に話すべきだなどというふうに、「女性」と「あるタイプの話し方」が結び付けられて語られてきたといっています。また、敬語や「~だわ」などの言語的特徴が、その「丁寧さ」「優雅・上品さ」を示すものとして結び付けられることが多いと指摘しています。
こういった「女らしい話し方」に対するイデオロギーについては、どの時代にも「女らしい話し方」を否定する人、ある場面ではある特定の目的のために「女らしい話し方」をするなど取捨選択して使う人などがいて、話し手の情意的スタンス(affective stance)(話し手がどう思っているか)が実際の言葉遣いに影響を与えているといっていました(p.216)
また、Okamotoは、「敬語」や「てよ」「だわ」のような言語的特徴そのものが「丁寧さ」「優雅・上品さ」を示すものではなくて、時代や文脈によってその言語的特徴の意味も変わってくるといっています。
例えば「てよだわ」(「~だってよ」、「~だわ」)という終助詞は明治時代の女学生が使い始めたもので、もともとは下品で無礼とみなされていたそうなのですが、いつの間にか東京の中流、上流の女性の使う女ことばの一部としてみなされるようになったそうです (Nakamura 2006, 2007; Bohn & Matsumoto 2008)。つまり、言語的特徴の意味が一定ではないということだと思います。
「てよだわ」言葉(とその意味の変遷)については、(まだ読んでいませんが)以下の本にも書かれているのではないのかなと思います(今回読んだ論文には引用されていませんでしたが)。時間があれば読んでみたいですね。